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  • 倒産するということ ~倒産を知らない子供たち~

2015.10.02

[企業審査人シリーズvol.97] 

「いやあ、ああいう場面というのは何度見ても疲れるよ」と、秋庭が青山を前にため息をついた。
 週末、いつもの居酒屋に審査課のメンバーが集まっている。秋庭、ベテランの水田、そしてもちろん、課長の中谷と青山もいる。他のメンバーは他の予定で欠席することがあり、この日は有能なアシスタント・千葉がお休みだが、秋庭が珍しくいる。そして、中谷と青山は夏休みのラジオ体操で言えば「皆勤賞」である。

 「債権者集会ね。まあ、私たちとしてはそういうところに出ないようにしなきゃいけないわけだけど・・・私も何度か出たことがあるけど、あまり気持ちのいい場所じゃないわね」と中谷が秋庭に応じた。
 「そうなんですよ。僕も2回目ですけど、社長の説明があやふやだったので、他の債権者が壇上まで詰め寄ったりして大荒れでした」
 「へえ、話には聞いたことがありますけど、やっぱり荒っぽいこともあるんですね」と青山が口を挟むと、ベテランの水田が秋庭をねぎらうようなやさしい顔をして言葉を足した。

 「債権者は自分たちがどれだけお金を取り返せるのかだけを考えとるし、社長はいかに平穏に乗り切るかを考えとるし、まあ修羅場になるのが普通じゃな。誰しも会社を潰そうとしてそうなったわけじゃなかろうが、そういうときにそれまでの義理やら付き合い方とかが出てくるもんじゃ。
 日頃から表面的な付き合いだったり不義理をしていたりすると、そういう場になると日頃から溜まっていたいろんなことが噴出するからの。まあ、そういう説明の場もなく逃げてしまう人たちもいるのだから、自らそういう場に出てくる人はそれに比べれば腹が据わっているとも言えるかもしれんな。いずれにせよ、会社の再起について協力を呼びかけるというのは、大変なもんじゃ」 
 「青山は営業のときも取引先の倒産に立ち会ったことはなかったっけ?」と中谷が聞いた。
 「ええ、僕は幸い、というか・・・ありませんでしたね。先輩からは何度か話を聞いたことがありますが」
 「そうか。あまりそんなことを言っても何だけど、審査に来るならひとつくらい経験しておいたほうがよかったかもしれないわね」と、中谷が返すので、青山は少し驚いた顔をした。
 「そんな経験、ないほうがいいと思っていましたけど、そうですか?」
 「まあ、営業の立場じゃ当然そうだし、私たちもそれを防ぐのが仕事だから、おかしいわよね。でも、会社が倒産するというのがどういうことなのか、とか、倒産していく会社で何が起きるのか、といったことは、審査の立場でいろんなことを理解するのに、決してムダな経験ではないわ」
 「そうじゃな。今は倒産が減っておるから、遭遇する機会も少ないのかもしれんの」と水田が再び言葉を継いだ。「経営者も一緒でな。社員を路頭に迷わせるわけにはいかない、という思いで多くの経営者はつらい場面でも歯を食いしばって頑張っておる。倒産という経験を自ら経験していなくても、普通はそうなのじゃ。
 その経営者の重さというのは、なかなか勤め人にはわからなかったりもする。審査の立場でも継続的な取引の中で、多くの会社と長く付き合うもんじゃが、順調なうちはいいのじゃ。何かおかしいことが起きたときに、経営者がどう動くかといったところは、そういう経験が洞察に生きてくることがある、そういうことじゃろう」

 「そうです。水田さん。じゃあ、危なそうな案件はしばらく青山に集中的に回そうかしらね」と言う中谷に、「それは授業料が高く付きすぎでしょう」と秋庭が笑うのを見て、青山はただただ苦笑いしていた。

倒産を知らない・・・

 「戦争を知らない世代」という言葉が使われるようになって久しいですが、審査の現場においても「焦付を知らない」、あるいは「倒産を知らない」という若い担当者は多いのではないでしょうか。
 経験というものは、若者にとっては言われても自分ではどうしようもないことですが、実際に焦付や企業倒産を回避する仕事に携わる審査部門の担当者にとって、その重さを知ることは貴重な経験と言えます。

 水田がエピソードの中で語ったように、倒産の重みというのは裏を返せば企業経営の重みであり、そうしたものへの理解や敬意がなければ、経営者との会話も実のあるものにはなりません。調査会社においてもこれは同様であり、倒産確率が100分の1以下と言われるご時世において、倒産の現場に遭遇することはそう多いことではありません。
 そうした中において、万に一つも企業信用の見立てを誤ってはならないというところに、企業審査や企業調査の難しさがあります。 

倒産を学ぶ

 自ら体験することはなくても、知見によって補う努力は出来ます。TDBが発行している帝国ニュースでは日々、全国で起きている倒産記事が掲載されており、倒産という事象が日常的に起きているという量的な感覚はそこでつかむことができます。
 また、特集記事として組まれる話題の倒産の経緯を伝える記事は、審査者のみならず経営者にとってもケーススタディとして重宝されています。ただ、倒産に遭遇した経験のない若手にその重さをどう伝えるか・・・という点で、そうした役割を果たしてくれる書籍は意外とありません。
 審査の立場からそのノウハウや分析手法を書いたもの、倒産の法的形態や対処法を書いたものは多々ありますが、倒産というものがどういうものかを生々しく書かれた本というのは、あまりお目にかかりません。

 そうした中、少し手前味噌ですが、お奨めする書籍があります。読売新聞社の記者である中村宏之さんとTDBの情報部が共同執筆した「御社の寿命 - あなたの将来は『目利き力』で決まる!」 (中公新書ラクレ)という本です。倒産についての基本的な知識が得られるだけでなく、戦後の著名な倒産史やその裏側、そして多くの中小零細企業の倒産の現場を見てきたベテラン情報部員の体験が掲載されています。
 人事異動のシーズンにおいて、これから新たに企業審査に携わる人、とくに、営業も含めた経験の浅い若手スタッフの導入教育に取り入れてはいかがでしょうか。

 企業は生き物と言いますが、企業経営はきわめて人間くさい営みであり、その良否の見立てを行う企業審査という仕事には、人生経験が多く活かされる仕事とも言えます。これから超高齢化社会に入っていく日本では、経済活力の面ではともすればそれがマイナスのニュアンスでとらえられがちですが、審査や営業の経験が豊富なオールド・ビジネス・パーソンの知見は、企業審査をより深いものにするはずです。
 
  
 

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