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  • 審査業務の引き継ぎ ~引き継ぎのシーズン~

2015.10.13

[企業審査人シリーズvol.98] 

その日のお昼過ぎ、審査課長の中谷が青山を自分の席に呼んだ。中谷の机には青山が審査した書類が載っている。青山はそれを見て「何かやらかしたか?」と、一瞬にして緊張した。

 「この会社、債務超過すれすれの会社だけど、大丈夫なの?」と中谷が顔を上げて聞いた。
 「ええ、自己資本比率は低いですが、負債の大半は社長からの借入金で、金融機関からの借入はほとんどありません。自己資本に近いものと読み替えました」
 「内部留保が少ないのはなぜなのかしら?」
 「10年以上前に大口の焦付が散発したり高値で買った不動産を売却したりして特別損失が出たのが原因のようです。ただ、この数年は少額ですけど利益体質を維持できているので、大丈夫だと判断しました」
 「利益体質といっても、毎年百万円程度よね。その点はどう見たの?」
 「利益については抑えている部分もあるようです。同族経営で役員報酬がちょっと多いのかなと思いますので、利益を出そうと思えば出せる体質と見ましたけど・・・」

 「下請工事も半分くらいあるようだけど、受注先は安全なの?」
 「主力の3社は見ましたけど、どれも地元のハウスメーカーとして堅調な先で、評点も54点とか55点でした。昔の焦付事故に懲りて、取引先には定期的に調査をかけて慎重に判断していると営業から聞いています」
 「条件はどうなの?」と中谷が続けて問い詰める。
 「特別な保全までは必要ない先と見ましたが、まだ継続的な取引になるかわからないので、納品後30日の現金払いにしています。支払能力には問題なさそうですし、その条件で相手も了解してくれています」
 そこまで聞いた中谷が何も言わずに青山の顔を覗き込むので、青山の脈拍がさらに上がった。 
 「オーケイ。そこまで見れていれば、通常案件は安心して任せられるわね」
 「ありがとうございます。何か見落としがあったのかと心配になりました・・・」
 「まあ、日頃からチェックして気づいたことは都度伝えてきたけど、このところは任せてきたから、抜き打ちでチェックしてみたの。今までも何度か通過点があったけど、半人前はもう卒業して、来月からは秋庭君の案件も一部引き継いでもらうから、頼むわよ」
 「新米卒業ですね!ありがとうございます」と、青山は緊張が解けて心底うれしそうな顔をした。

 「じゃあ先日の話もあるし、ちょっとややこしい案件も振らせてもらおうかな」と秋庭が口を挟んだ。
 「秋庭君は成長企業の案件が多いからね。次の課会で話し合うけど、水田さんの大口継続案件を少し秋庭君に移そうと思ってるの。水田さんもそろそろ少し楽になってもらわないと、いつまでも大変だから」
 「そりゃ、ありがたい。中谷さんもたまにはやさしいことを言ってくれるのう」
 「たまには」にひっかかった顔をした中谷にはお構いなしに、水田が続けた。
 「秋庭君も太陽光関係の事案が少し落ち着いて、引き継ぎにはいい頃じゃろう。昔からの経緯を知っていることは役立つことも多いが、先入観が多くなる危なさもあるからのう」

 「ええ、喜んで引き受けますよ。太陽光関係は成長企業の見分けに苦労しましたが、ピークアウトしてこのところだいぶ落ち着きました。水田さんにもそろそろ楽をしてもらわないと」
 「青山が順調に成長してくれたから、審査課としてはこの秋は理想の引き継ぎができそうね」
 「みなさん、引き続きご指導をお願いします!」と青山が大仰に頭を下げるのを、すぐ隣の課の木下がほほえましい顔をして見ていた。 

審査業務の引き継ぎ

 審査部といえばベテランの審査マンが半ば職人的に案件に向き合っている・・・、そういうかつてのイメージも最近は薄れて、業務がシステマティックになるとともに、若手社員が配属されることも増えているようです。
 前回のエピソードにあったように、審査は経験値も重要な奥深い業務ではありますが、一方で限られた人員で大量の判断案件をさばかなければならないケースが多く、基本的な手順はできるだけ共有しやすい形にしておくのが理想です。
 多くの通常案件については基本手順に則る形で安全に処理し、その中から難しい案件を摘出してそこにベテランを含む担当者の目利き力を注ぐ、というのが理想形です。
 新しいメンバーはまず通常案件をさばく中で、難しい案件・相談すべき案件を確実に見つけるところからスタートします。こうした通常案件の「基本的な手順」は業務フローに落とし込まれていることが望ましく、審査におけるチェックポイントや判断フローが業務帳票やワークシートに反映されていることで、業務の安全性も新人の習熟スピードも高まります。

 秋の人事異動の時期を迎えていますが、企業審査の仕事は多くのビジネスパーソンにとって予備知識や事前のイメージが少ない業務です。そうした業務において新人が未知の大海に溺れず、その業務の目的や基本手順、そして面白さを感じられるように、サポートをしてきましょう。

事案の移り変わり

 審査業務には基本手順がありますが、対象となる企業のトレンドの把握と変化への対応は欠かせません。
 このコラムでも、最初は景気が回復局面に入り、大震災の混乱にも乗じて取り込み詐欺業者が再び増えているという話がありました。途中、太陽光発電関連など、新市場に群がる新興企業の目利きの難しさにも触れました。その少し前にはLED関連商材が活況でした。ご存知の通り太陽光関連は政策や電力会社の対応の変化により落ち着いてきており、業者の淘汰も始まっています。
 最近は健康関連の業者が取り上げられることが増えてきました。こうした新商材や新市場を巡っては、今後も多くの企業がビジネスチャンスを探って参入し、成熟とともに淘汰が進むという、寄せては返す波のような動きが続いていくでしょう。

 一方、取り込み詐欺業者についても、休眠会社を買い取ってOA機器や水産物の取引を持ちかける業者の噂が後を絶ちません。不透明なリース取引や循環取引が倒産を引き金に露見したり、露見する前に噂されている事案もあったりします。手形の流通量が大幅に減り、倒産件数も小康状態が維持されていますが、水面下にあるこうした動きには常に目を光らせておく必要があります。
 景気動向に目を向けると、中国の景気後退を引き金に株高局面が後退する一方、東京オリンピックに向けて都市部の再開発やインフラ施設の建設が進むなど、斑模様の様相を呈しています。審査パーソンは新聞・雑誌のニュースには当然目を向けつつ、社外の人脈や現場の営業担当からも情報収集を怠らず、需要の風向きや企業の動静を見守っていく必要があるでしょう。

 審査パーソンにとってどういう秋になるのか、予断はできませんが、あらゆる変化にも対応できるよう、体制を整え、備えましょう。
 
  
 

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