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  • 事業構成と収益力 ~外したツボ~

2015.11.09

[企業審査人シリーズvol.100]

課長の中谷が宣言した審査課内の「引き継ぎ」が実行に移されている。
 ベテラン・水田→中堅・秋庭→新人・青山という流れで案件の引き継ぎが進められているが、もともと案件数が多い上に、審査は通常与信限度を見直すタイミングでの精査となり、情報収集や営業担当との連絡が恒常的に必要な案件が優先され、ほかは審査のタイミングで都度、ということになる。
 加えて、一番下の青山には新規小口案件の処理が残るが、青山も要領を得るにつれて審査の処理力が上がり、中谷の詰問を受けることが少なくなった。同じ仕事をより速く正確にできるようになる、これは仕事における成長のシンプルな証明である。ただ、今回の引き継ぎにより青山は業務量がさらに増える局面を迎えている。
 その青山が課長の中谷に審査案件の報告をしている。青山の所属する審査課では、与信申請書類に審査担当者の処理印とともに審査課長印を押すことになっている。毎日夕方、その日の処理案件について、中谷に報告をしながら押印をもらうのが青山のルーティンになっていた。 この場面で当初は数々の指摘をもらっていた青山だが、最近はスムーズに進む。しかしその日、ひとつの書類に中谷の眼が止まった。

 「この会社、債務超過すれすれだけど、大丈夫なの?」
 「そこは気になりましたが、この会社は利益率が高くて収益力があるので、大丈夫だと思います」
 「粗利益率は・・・29%。住宅建築屋さんとしては高いわね。なぜこんなに高いのかしら?」
 与信申請書類にある粗利益率の欄を見て、中谷は青山に聞いた。書類には当該企業の粗利益率とともに、調査会社の財務分析統計から引用した業界平均値も併記され、木造建築工事業の平均が21%とある。以前、粗利益率の良否が曖昧だった青山のために、秋庭がデータを併記する欄を追加してくれたのだ。

 「営業の所見にもあるように、デザイン性の高い住宅を手掛けていて、付加価値が高いようですね。自己資本比率が低いのは下請が多かった数年前に不良債権が発生したからですが、今は本業の収益力が高いのでこれから利益を蓄積していけると見ました」
 話を聞きながら添付資料をぱらぱら見ていた中谷が、ふと顔を上げて青山の顔を覗き込んだ。
「青山、このところ処理量が増えているけど、ちゃんと見れてる?」
 青山は中谷の眼鏡からビームが発せられたかのように固まった。
 「はい・・・・確かに処理量が多いので、ある程度メリハリはつけるようにしていますが・・・」
 「この会社の粗利益率が高い理由は簡単よ。代表個人の不動産の賃貸管理と、兼業のハウスクリーニングサービスの収益が押し上げているだけだわ。電卓で叩いたら、おそらく業界平均より低くなるわ」
 中谷が見ている調査報告書を青山も覗き込んだ。
 「確かに兼業には気づいていましたが・・・そうか。付加価値が高いからと思い込んでいました」
 「会社の粗利益率が事業構成で容易に変わることは知っているわよね。原価がかからない商売が売上に含まれるときは、当然粗利益率は高くなるわ。収益力は、青山がこの案件を大丈夫と見た根拠だったわね」
 「そうです・・・」
 「忙しいから見落とした、ということかもしれないけど、収益力は忙しくても外せないポイントでしょ。極端な話、今の蓄財がどうであっても、収益力が高い会社は成長するし、低い会社は蓄財を減らしていくしかないんだから、とくにこういう蓄財が少ない会社では絶対に外しちゃいけないわ」
 「おっしゃるとおりです。メリハリの付けどころを間違えていました・・・」
 「忙しくなるとこういうこともあるから、忙しくても見るべきポイントは決めておいたほうがいいわ。こういうのが多いと、青山の収益力も下がるわよ」と中谷が言うと、青山がつぶやいた。
 (記念すべき100号で厳しい指摘を受けるとは・・・・改めて基本に立ち返れということか・・・)
 「何をぶつぶつ言ってるの?」と中谷が怪訝な顔をすると、「何でもありません!」と青山の背筋が伸びた。

利益率と事業構成

粗利益率は本業の収益力を示す重要な指標ですが、この粗利益率は企業単位で作成される損益計算書をベースとしている以上、複数の事業を営む企業の場合はこれらが総合されたものにならざるを得ません。
 したがって、通常は原価が発生しない不動産賃貸業の収入高が売上高に含まれていると、会社全体の粗利益率も上がります。主たる事業の収益力を精査する上では、損益計算書の売上高と原価について事業別の内訳数字を探し、事業別の粗利益率を計算する必要があります。
 建設業者の場合、官公庁に提出されている決算資料には売上高と原価が「完成工事」と「兼業」それぞれに内訳として示されていることが一般的ですので、精査する場合はこれらを確認すると良いでしょう。財務分析では事業構成の確認が必須と言えます。

 ちなみにTDBでは毎年12月に財務資料の業種別平均値などを掲載したTDB財務諸表分析統計を発行していますが、この業種別平均値も各企業の主たる事業に基づいて企業を分類して集計していますので、兼業の数値が混ざっています。ただ、統計として見た場合には兼業の割合が薄まり、業種別の傾向が読み取れる数値になっていると言えます。

収益力は将来性の源泉

中谷が改めて青山に示したように、企業の収益性はその会社の将来性を見定める上で重要な指標です。収益の中でも粗利益率はその企業の取引における力関係や扱い品・サービスの競争優位性を表すものと言えます。
 営業利益、経常利益では事業の維持コストや金融コストが加わり、これらも会社の総合力を見る上で重要ですが、その源泉は粗利益であり、その会社の本質的な強み・弱みを示すものになります。その会社のセールスポイントがどれだけあっても、粗利益率が低ければ事業に競争力がないか、取引関係の中で不利な状況に置かれていることになります。
 粗利益率を含む収益力は投資余力、債務の償還力の源泉でもあり、定性的な情報を裏付けるものとして企業審査では欠かせないポイントと言えます。

メリハリと勘所

今回の青山の見落としは初歩的であり、「そんなことはないだろう」と思われた読者もいらっしゃるでしょう。しかし業務が錯綜するときには、本来の精査レベルでフルに処理することは困難であり、「ツボを外さず、ツボ以外を省く」という対応が避けられません。ここに、マニュアルなどには表れない経験や判断力が表れます。

 優秀な審査人とは「ツボを外さない人」と言えます。「何か匂う」などという表現が出てくると、もはや経験に裏打ちされた非言語の世界になりますが、経験のない若手については「どんなに忙しくても最低限見るべきポイント」を具体的に示しておくことが重要です。
 こうしたポイントは多少形式的にはなりますが、具体的にいくつか示すことで、ツボを外す確率は確実に低くなり、またノウハウを言語化するベースにもなります。
 一方、「何か匂う」という第六感は経験の少ない若手にも働くことがあります。そうしたものは無視せず、上司や先輩に必ず相談するよう伝えておきましょう。第六感を無視した結果の失敗は、振り返ったときの悔しさも倍増します。

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粗利益率の考え方について掲載しております。損益計算書項目の分析についてはこちらも確認し、分析結果の数値以外も確認するポイントを押さえていきましょう。

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