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  • 企業審査という仕事(前編) ~青山、学生に語る~

2016.03.28

[企業審査人シリーズvol.110]

その日、審査課の青山は会社の近くにあるコーヒーショップの窓際の席で、人を待っていた。この日、青山は学生のOB訪問を受けることになっていた。学生とリラックスして話ができるようにと、社外での面会がOKになっている。

 青山のテーブルには先に頼んだコーヒーと、濃い茶色のファイルが置いてある。テレビドラマでよくあるように、見知らぬ人と待ち合わせるときの「目印」だ。
 約束の時間きっかりにやって来た大学生の山口君は185cmの長身で青山を驚かせたが、大きい割に威圧感のない、どこか愛嬌(あいきょう)のある青年だった。ひととおりの挨拶を済ませ、コーヒーを追加注文すると、青山は学生に質問を促し、それに答えていった。
 質問はウッドワーク社の職場の雰囲気や事業方針に関するものが中心だったが、ひととおり終わったところで少し間があり、山口君が質問を加えた。

 「ところで、青山さん、今は管理部審査課にいらっしゃるんですね。どういうお仕事をされているんですか?」
 青山は、そういう質問もあるだろうと予想しながら、何も言葉を用意をしていなかった自分に気がついた。
 「なかなか説明しにくいんだけど、うーん、取引先が大丈夫かどうかをチェックする仕事・・・かな」
 「取引先が大丈夫か?・・・というと、倒産するとか、そういうことですか?」
 「そうそう。取引先が倒産すると困るよね。具体的に何が困るか、山口君はわかるかな?」
形勢を立て直した青山が質問を返した。
 「えーっと、お客さんが倒産すると、売る先が減ってしまって、売上が減りますよね?」
185cmにして文学部の山口君には少々重たい質問のようだ。
 「そうだね。他には何かあるかな?」
いつもは上司の中谷や経理課の木下にレクチャーを受けてきた青山が、レクチャー・モードに入っている。
 「倒産した社長が困っている顔を見るのは忍びないですね・・・」と山口君は学生らしい回答をした。
 「それはそうだね」と青山は笑って、補足した。
 「取引先が倒産すると、会社は他にも困ることがあるよ。さっき、売る先が減るという話をしてくれたけど、それはこれからの話だよね。すでに売ってしまったけど、お金を払ってもらっていないとしたら、どう?」
 「そんなこともあるんですか?」
 「会社と会社の取引では、僕たちがコンビニで品物とお金を交換するような取引は稀なんだ。大抵は先に商品を納めて、その後にお金を払ってもらうから、お金が入るまでに相手が倒産してしまうと、お金が入らずに損をしてしまう。これが不良債権というやつだね」
 「でも、持っているお金がなくなったわけではないし、品物を少しばかり損したと考えないんでしょうか」
 「商売だからね。売った品物はよそから仕入れたにせよ、自分で作ったにせよ、お金がかかっているからね。例えば100円の品物を売って損をしたとするよね。会社がその損を取り戻すことを考えてみようか。山口君は会社の売上の何%が利益になるか、わかる?100円のものを売って、儲けがいくら残るかということだけど」
 「いやあ、経済の授業はあまり受けてないので・・・・30円くらいですか?」
 「おっ、経済を知らないにしては悪くないね。儲けが30円というのは、100円の商品がもともと70円で作ったり仕入れたりした、という意味では正解に近いよ。でも会社が払うお金って、仕入値や製造費用だけかな?」
 「いや、雇った人の給料を払ったり、事務所の家賃を払ったり、いろいろありますね」
 「そうそう。他にも銀行からお金を借りれば金利を払うし、いろんな手数料がかかったりもする。そういうものを払っていくと、おしなべて100円の売上に対して残る利益は最終的に1円から5円くらいなんだ」

 「そんなに少ないんですか!」と山口君がいいリアクションをするので、青山も調子が上がってきた。
 「そうなんだよ。その会社がわりと儲かっていて、100円の売上で5円の利益が出る会社だったとするよね。でも会社の決算では、さっきのように100円で売ったものの代金が回収できないと、100円の損失が出る、つまり100円分の利益が吹っ飛んでしまう。100円の利益を稼ぐためには・・・」
 「20倍だから、2,000円売らなきゃいけないことになりますね!たかだか100円の損失も、痛いわけですね」
 「そういうこと。だから、会社はお金をかけて担当者を置いて、そういう不良債権を防ぐ動きをするんだ」
 「そうなんですね。でも、そのために担当を置くのも、それなりにお金がかかりますよね」と山口君が文学部らしくない質問をする。実は経済の素養があるのかもしれない。

 「不良債権の影響は、経済的な損失だけじゃないんだ。しょっちゅう不良債権を出す会社は、管理が甘い会社と見られる。そういう会社と付き合うと、自分の会社が連鎖倒産に巻き込まれると思われるんだね。不良債権を出す会社は、危ない会社にたくさん売っていることにもなるので、そんなに業績が厳しいのかとか、情報に疎いんじゃないかとか、いろんなことを言われるリスクがあるんだ」
 「風評被害みたいなものですね」
 「まあこの場合、すべてが風評というわけでもないけどね。さらに、不良債権を決算で処理するまでにいろんな手続きも必要になる。何とか少しでも取り返そうと相手の社長と掛け合ったり、債権者会議に出向いたり。そういう手間も、もとはといえばそういう取引を防いでいれば必要なかったわけだからね」

 「じゃあ、青山さんの仕事は、そういうリスクやロスを回避するために、取引の相手が信用のおける会社かどうかを見極める仕事なんですね」
 「そうそう。理解が早いね。与信管理とか企業審査とか言われる仕事だね」
 「青山さんは、きっとそのお仕事が好きなんですね。話に熱を感じます」
 そう言われて、青山は照れくさいような、うれしいような顔をした。青山は、審査への異動が決まったときに、課長の中谷が自分に熱く審査の意義を語っていた姿を思い出していた。 

第三者に語ることによる気づき

 少々「初心者」的なエピソードになりましたが、これから採用活動や新入社員研修などを通じて、自身の仕事を第三者に説明する機会を持つ審査パーソンもいらっしゃるのではないでしょうか。
 会社の事務といえば総務、経理、人事が浮かび、企業審査という仕事はあまり知られていません。親戚に仕事を聞かれて説明に困る経験をした人もいるのでしょう。もとより、学生は「本業」を基準に会社を選ぶわけで、企業審査について学生に説明する場面は多くありません。
 ただ、青山のように第三者に自分の仕事を説明することは、本人には気づきをもたらします。社内で仕事をしていると、多くの共通理解を前提とした狭い世界での意義や役割を説明しがちです。第三者に説明すると、社会という大きな中でその意義や役割を説明する必要があります。それが、自身の仕事を改めて理解する経験になるのです。

 「社会的な意味」をより重視すると言われている若手には、こうした経験を多くさせることがモチベーションにつながり、また広い視野で業務をとらえて新しい発想を持ち込むことにつながるかもしれません。ときには目を上げ、外を見ながら、仕事をしたいものです。
 
 
  
 

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