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  • 企業審査という仕事(後編) ~青山、学生に語る~

2016.04.11

[企業審査人シリーズvol.111] 

コーヒーショップでの会話は続いていた。
 高身長大学生の山口が、青山に聞いた。
 「せっかくなので、もう少し聞いてもいいですか?青山さんがやられている審査は、売っていい相手かどうかをチェックするお仕事だということですよね。チェックする前に売っちゃった、ということはないんですか?」
 「それはない。新しい会社と取引を始めるときは、営業が申請書を書いて審査に回すんだ。そこでOKになると、取引が始まる。金額が小さくて単発の取引は、その事業所の裁量で取引できるようになっているけどね」

 「チェックして、取引をしないほうがいい、ということになったら、それを営業の人に回答するわけですか」
 「申請書に取引の可否判断を書く欄があるので、そこに可否を書いて営業の人に戻すことになるね」
 「営業の人はせっかく売る相手を見つけてきたのに、がっかりするでしょうね・・・」
 「山口君はまだ学生なのに、ずいぶん営業サイドのことを言うね」と青山が苦笑いをした。
 「いや、そういうわけでは・・・。僕は経済の勉強はしませんでしたけど、就活では営業職での募集が多くて、最近営業の仕事の話をお聞きすることが多いんです。それで、ついつい・・・」と山口も頭を掻いた。
 山口のコーヒーがなくなっているのを見て、青山が2人分のおかわりを注文した。 
 「いやいや。せっかく見つけてきたのに取引できません、となれば、営業側はがっかりするよ」
 「けんかになったりしませんか?」
 「営業の苦労も知らないで、なんて言う人もいるね。だから、僕は取引不可という結論が出たときは、紙で返すだけでなくて必ず電話で理由を説明するようにしているよ。だいたいそういう案件は審査をしているときに疑問が出てきて、電話で話を聞いたりしているから、たいていは事前にこちらの感触が伝わっているけどね」
 「理由を説明すると、営業の人はわかってくれるものですか」
 「うん。だいたいはね。ただ難しいのは、今は財務内容が悪かったり規模が小さかったりする会社の将来性について、営業と意見が分かれるときは結構説得に骨が折れるよ。大抵は営業の人が将来性を高く評価して、こちらがそれに疑問を持つパターンになる。未来のことなんて、極論すれば誰にもわからないからね」

 「そうですよね。そうなってくると、営業の人に押し切られたりしませんか」
 「押し切られそうになったことはあるよ。でも、僕の上司がいつも言うけど、未来は過去の積み重ねだって。3年連続で赤字の取引先の社長が、来年は必ず黒字になるから大丈夫だと言ったら、山口君は信じるかい?」
 「いや、それは疑いますけど・・・社長の話し方とかを見ないとわかりません・・・」
 「例えば山口君が朝に弱くて毎日授業開始ギリギリに大学に着いていたのが、明日から30分前に来ますと宣言したら、信用してくれるかな?」
 「青山さん、なぜ知ってるんですか。おかしいなあ。・・・たぶん、誰も信用しないでしょうね」と山口は笑った。

 「そう。山口君が毎日10時に大学に来ていたのには、そうなっていた理由がある。その理由が何かによって変わらない限り、明日も明後日も半年後も、朝10時は変わらないよね」
 「そうですね。反復性というか、そんなに人は急には変われない、ということですかね」
 「会社も経営者という人が動かしているわけだから、同じだね。赤字が続く、不良債権が多い、そういう傾向は未来にも表れる。それがベースの見方になる。ただ、未来が変わらないかと言えば、そんなことはない」
 「そうですね。僕は1年後も朝起きれなかったら、会社勤めができません」と山口が困った顔をした。
 「ははは。そんな顔をしなくてもいいよ。1年後は、山口君は会社で働かなきゃと思って早く起きる準備をして、起きるようになる。あるいは、怖い先輩の顔を思い浮かべて朝起きるのかもしれないけど。だから、会社の未来について営業と審査で意見が割れたとき、ほしい情報は『未来が変わる理由』なんだよね。どういう動機があって、そのために具体的に何をするのか。それらが過去とどう違うのか」
 「そうですね。いつも『次はこうするから』と言って、なかなかしない友人がいます」
 「そうそう。それじゃあ信用できないよね。昨日までそうだったことは、明日もそうなる。ただ、それが変わるのだとしたら、あるいは、変わる前に変わることを信じるとしたら、やっぱり信じられる理由が必要だよね」

 「なるほど。何だか奥の深い話ですね・・・」と山口が神妙な顔でおかわりのコーヒーを啜った。
 「でも、信じられる理由がないと、やはり取引はできないということになるのですね」
 「もちろん僕の一存ではなく、上司と相談して部署として結論を出すんだけどね。そのときは営業をがっかりさせるけど、結論は曲げられない。目の前の笑顔のために都合のいい結論を出しても、取引先に何かがあったときにその営業担当が困ることになるからね。僕たちの仕事は営業を助ける仕事だと思っているけどな」
 「そうか。僕も小さい頃から母が勉強しなさいとうるさかったですけど、結果として勉強癖が付いて楽でした」
 「僕は山口君のお母さんほど偉くはないけど、審査の仕事は会社を損失から守る仕事であると同時に、その営業担当がトラブルや損害に巻き込まれることを防ぐ仕事でもあるんだと思ってるよ」
 「なるほど。青山さんの話を聞くうちに、何だか僕も審査の仕事をしたくなってきました」
 「それはうれしいけど、いきなり審査というのはないからね。営業の経験をしてからで遅くはないよ。取引先の目利きは営業がやれればそれが一番だからね。さて、うちの営業の話をしなきゃ」
 ついつい調子に乗って審査の話をしすぎたな・・・と、青山は少し反省したが、大学生の山口を相手に話をして、ふだん自分が考えていたことがすっきり整理されたような気がして、心地よかった。 

人も会社も変わらない

 会話にあったように、審査は取引先の今だけを見るのではなく、将来性の目利きを含みます。過去や現在だけで判断する審査なら、ある程度機械的にできてしまいます。
 ただ、青山が言ったように、将来性の予測において有力な材料は、やはり過去からの類推です。その会社の過去・現在と、経営者が語る未来にギャップがあれば、そこを検証する必要があります。
 粗利益率・自己資本比率・流動比率・・・どれもその会社のビジネスモデルや経営者の方針・習慣がそこに凝縮されており、突然大きく変わることは滅多にありません。財務においては、貸借対照表はとくにその会社の過去の蓄積です。そういう意味で、「過去の分析」は重要であり、それを欠いた将来性の判断は、「賭け」や「博打」になります。 

機能的分業

 青山は学生相手に審査の話をしすぎたようです。ただ、青山が語った会社における審査機能とその使命感は、学生の山口君にも伝わったようです。
 会社という器の中では時として対立がありますが、会社の各機能が目先の対立を恐れずそれぞれの機能を全うしてこそ、組織は健全に動きます。

 学生にとって多くの場合、配属先は選べないものですが、どの機能を担ってもモチベーション高く仕事をしていくために必要なことは、「その会社が社会に何を価値として提供しているか」であり、学生の会社選びにおいてそれは「その価値に自分が共鳴できるか」とともに、大切な問いであると言えるでしょう。
 
  
 

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