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  • 審査の繁忙期 ~2016年も開幕~

2016.06.20

[企業審査人シリーズvol.116]

その日の審査課の定例ミーティング。向こう1カ月の審査予定企業リストが配付された。リストには新規取引や緊急対応を除く、定期審査の対象がリスト化されている。去年まで見習い期間だった青山の手元にも厚みのあるリストが配られている。
「今年も繁忙期が来たのう。お盆の頃まで休暇もお預けじゃな」とベテランの水田が言った。
「僕は今年が自分で捌く最初の繁忙期ですけど、去年の忙しさは見ていましたから、ぞっとします」と青山。
「去年はその最中に秋庭君が階段から落ちて1週間抜けたのが痛かったわね」と言ったのは中谷だ。
「ええ、僕も相当痛かったですが、皆さんにも痛い思いをさせてしまいました」と秋庭が苦笑いしている。
「日本の会社ももう少し決算期を分散してくれると私たちの仕事も楽になりますよね」と、青山がそれとなく話題を変えた。「まったく間が悪いわねえ」と叱られていた当時の秋庭を思い出して、いたたまれなくなったのだ。
「まあ日本は役所の年度が4月から3月になっとるからのう。役所関係の仕事をする会社はそれに合わせたほうが予算をとりやすいじゃろうし、そうそう変わらんじゃろうよ」と水田。
「さて、世間話はそれくらいにして、今年の繁忙期のポイントをまとめてみたので、確認してください」
課長の中谷が参加者にA4の1枚紙を配付した。水田も秋庭も、そして有能アシスタントの千葉もしばし資料に目を落としている。資料には2つの見出しがあり、「繁忙期の最大公約数」「今年の留意点」とある。それぞれ、いくつかのポイントが箇条書きされている。
「青山は一人前になって最初の繁忙期だけど、このシートは去年も見ているわよね」
「はい。内容はうろ覚えですが・・・『最大公約数』というのは忙しくても外さないポイント、という意味でしたね」
「そう。いつもと同じペースではとても捌けないから、これだけは外すな、ということよ」
「『最大公約数』としている以外に気になることが見つかれば、そこは当然調べていいわけですよね?」
「青山、そういう学生みたいな質問をしないの。私たちはプロなんだから、それは当然よ。何かおかしいとか、何か臭うとか、そういうのは大切にしてね。ただ、ひとつひとつに時間をかけていたら終わらなくなってしまうから、『最大公約数』だけは外さないでね、ということ」と中谷に念を押され、青山は神妙にうなずいた。
「最大公約数は、今年変えた部分は・・・なさそうですね?」と秋庭が中谷に確認した。
「フリーキャッシュフロー、有利子負債月商倍率、在庫・売上債権。去年と変えてないけど、どうかしら?」と中谷が聞くと、「いいと思います。この前調査会社の横田さんと話した時、業績や決算書がさほど悪く見えないのに倒産する会社は、売上債権や在庫の膨張に予兆が出ることが多いと言っていました」と秋庭が同意した。
「粉飾決算でも売掛金や在庫の調整が相変わらず多いというから、やはり外せんな」と水田もうなずく。
「ちょっといいですか。これらのポイントは与信評価シートのマーキング項目になっていますよね。数値に基づいてスコアが出るので、あえて重点としなくても見るように思うのですが・・・」と青山が遠慮がちに質問をした。与信評価シートとはウッドワーク社の審査課が独自に取引先格付を算出するシートで、10あまりの評価項目について審査先の会社の情報からマーキングを行い、与信判定のスコアが算出されるようになっている。
「そう。そのマーキングも千葉さんが事前に付けてくれているわよね。ただ、忙しいとそのままスルーしちゃうこともあるでしょ。だから、ここに挙げた事項で危険ゾーンのマーキングが付いている場合に、下のメモ欄に所見を書いて、評価に反映してほしいのよ」
「なるほど、そういうことだったのですね。逆にほかの部分はスルーしてもいいと・・・」
「スルーしていい、というのはちょっと違うよ。時間が許す限りは精査するけど、どれだけ忙しいときにもその3つだけは外すな、という意味ですよね」と秋庭が青山に(お前、安直だな)という顔で補足した。
「そういうこと。青山は今年守備範囲が大幅に広がったから、たぶん今までに経験したことがないような繁忙になるわ。昔と違って残業でダラダラ捌くわけにもいかないから、定時内で集中してやりましょうね」
「昔はカップラーメンを食べて終電までやっておったもんだが・・・」と水田がノスタルジーな顔をしている。
「今はそうもいきませんから。お煎餅休憩をしながらよろしくお願いしますね」と中谷は水田の回想を断った。
「チェックポイントはいいとして、審査先の属性として何かありますか?」と秋庭が話を続ける。
「そうね。日頃言っていることと違うことはあまりないけど、業界全体にかなりまだら模様だから、個別精査が基本になるわね。太陽光発電関係がピークアウトしたから、兼業で積極的だったところは影響を見る必要があるわね。東日本大震災の復興関連はまだ仕事が多い会社もあれば、仕事が減ってきて東北の拠点を畳む会社も出てきているから、東北地域や営業所を持っている会社は受注動向を気にしておきたいわね」
「熊本の大震災も気になるのう」とベテランの水田が加えた。「地震自体はようやく減ってきたが、建物の被害は激甚被災地域以外でも熊本市内も含めて相当広範囲にあると聞いておる。これから復興需要が活発化するが、地元では会社自体が被害を受けておる場合もあるし、東日本大震災のときのように地域外から業者がなだれ込む上に、どさくさに紛れておかしな商売をする輩もいるので、そうした動きにも注意が必要じゃ」
「東京はオリンピック需要もあってあちこちで工事しているし、日本経済全体がひとくちにいいとか悪いとか言えない状態だから、やっぱり個別に見ていかないといけないわね」
「そうですね。僕もやっぱり新人は・・・なんてひとくちに言われないように頑張ります」と青山が軽口を叩くと、「そうね。オープン戦では調子が良かったけど開幕したら二軍落ち、なんてことにならないように、頑張ってちょうだいね」と課長の中谷が隣に座る青山の背中を叩くと、ウッドワーク社の繁忙期の幕が開いた音がした。

■審査の繁忙期

 6月・7月に1年でもっとも忙しい時期を迎える審査部門は多いことでしょう。日本の企業は官公庁の予算年度に合わせる形で伝統的に3月決算企業が多く、弊社COSMOS2では146万社中33万社、全体の23%が3月決算企業です。この分母には12月を決算年度とする個人事業主が含まれているため、株式会社等の法人に限定するとより高い比率になります。3月決算の比率は大企業になるほど高くなり、上場企業になると約2/3が3月決算、東証1部上場に限定すると3/4強が3月決算となります。流通業では伝統的に2月決算が多いなど、業種による傾向はありますが、3月期の決算が確定・開示される6~7月が与信先の定期調査・与信限度更新を行う審査部の繁忙期となります。ちなみに海外では、中国の会社は法令で12月決算と定められており、その審査の集中度は日本の比ではなさそうです。
 こうした繁忙期には、1件あたりの審査に平常時と同じ時間をかけるのは難しくなります。よって、重点業種や銘柄、個別審査の重点ポイントをあらかじめ決め、重大な見落としをいかに防ぐかが重要になります。審査は放置すると職人的な個人技にもなりやすく、「常識」「当然」とすることが担当者の経験や知識によって異なることもままあります。若手の審査者を育成する観点でも、繁忙期こそこうした暗黙知を職場でオープンにして、繁忙期前に「最大公約数」を取り決めておきましょう。

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