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  • 経営の「目利き」 ~実績か将来性か~

2016.08.15

[企業審査人シリーズvol.120]

青山の審査課もようやく繁忙期の峠を越え、少し余裕が出てきた。3月決算の大量の審査案件を、課長の中谷の差配で大口顧客や懸念先から優先的に処理し、2か月かけて捌いていく。通常は当月分を当月内に処理するが、ウッドワーク社では顧客企業の半分弱が3月決算であり、半年分の仕事量が集中する計算である。さすがにひと月では捌けないので、8月の旧盆前までにあらかた目処がつけ、8月末までにほぼ完了するスケジュールである。4月・5月が決算の取引先は少ないので、9月で遅れは取り戻せる。
よって、今の時期は比較的与信判断に迷わない先が残り、青山が営業部に確認する電話の数も減った。ただ、当初の優先順位は従来の取引先の状態から付けているだけなので、油断すると信用が変動した先を見落とす危険がある。このため、課長の中谷はこの時期は毎朝消化進捗を細かく言うよりも、「油断禁物」としつこく念を押している。「念を押す」というより「念を送る」という表現したほうがよいしつこさである。
 さて、その日の昼休み、昼食を終えた青山が席に戻って未処理案件の一番上の束をとった。与信申請書に信用調査報告書が添付されている。ページをめくりながら、青山が世間話のつもりで口を開いた。
「そういえば、最近の報告書にはその会社がどういう方針を持っているかとか、何に取り組んでいるかとか、そういう情報がよく載っていますね。前はそこまで載ってなかったような気がしましたけど」
「そうね。報告書にもよるけど、増えてきた感じはあるわね。審査するにはありがたい情報だわ」
「そうですね。業績なんかは結果だけ書いてあると、なぜそうなったのかが気になりますからね」
「それも勿論そうだけど、私がいつもチェックしていることがあるわ。何だか、わかる?」
 久しぶりに中谷に謎かけを仕掛けられて、青山は気軽な世間話を半ば悔いはじめた。
 「えっ?会社の経営方針や取り組みから、社長の経営手腕を見る・・・というあたりですか?」
 「まあ、正解に近いけど・・・」と、課長の中谷は“自分の考えを当てなさい”という出題者の圧倒的優位な立場で、さらに質問を重ねた。「経営方針や取り組みから経営手腕をどう読み取るかしら?」
 「そう聞かれると・・・、なかなか難しいですね。その方針や取り組みは未来に向かうものですし、それが正しかったかどうかは、先になってみないとわかりませんね」と青山は早くも詰まった。
 「そうよね。私たちは経営者じゃないから、社長の方針や事業計画の成否を論じることは難しいわ」
 「じゃあ、中谷さんはどういうところを見ているんですか?」
 「計画や方針が実行されているのかを見て行くのよ」
 「なるほど。計画や方針の妥当性はなかなか評価できなくても、それらが実行されたかどうかは、追っていけばわかりますね」
 「そうそう。短期的に見ているとわからないけど、この借入はどういう事業計画と目論みに基づく借入だったはずだけど、売上が目論見通り増えてないとか。こういう方針を掲げていたはずだけど、売上も顧客層もなかなか目指す形になってないとか。とくに設備投資は、当初どういう効果をねらったものだったのか知りたいわね」
 「目論見が結果としてその通りになった、ならなかった、というところに経営者の力量が出るというわけですね」
 「もちろん、外部環境も変わるわけだから、すべてを経営者の力量と見るのは厳しすぎるかもしれないけど。でも、先読みが外れがちだとか、いろんなことが具体的に実行されない、といった傾向は読み取れるでしょ」
 「そうですね。僕はまだ審査を初めて日が浅いからそういう傾向が見えづらいですけど、何年かやっていくとそういう見えてきそうです」
 「そういうことも、ただ業績数字や外部環境だけを見ていたんじゃわからないでしょ。だから、その会社が何を意図して、何をして、そういう結果になったのか、そういうことが報告書に書いてあると参考になるのよ。何かを成し遂げる人は先を読む力や機会をとらえる力、方針や計画を実行する力があるって、よく言うわよね」
「そうですね。有言実行って単純ですけど、なかなか難しいことですからね」
「青山も自分で決めた学習計画をちゃんと実行してね。PDCAをしっかり回してちょうだい!」
 (この話はそこに来たか・・・)と、青山は期初に宣言しながら、繁忙にかまけて最近できていなかった財務の学習を思い出した。(レクチャーをしてもらう経理課の木下に、9月から再開をお願いしよう・・・)

実績と将来性

 取引先の信用判断では、ともすれば昔から保守的なスタンスがとられてきました。実績重視・業績重視という考え方であり、これは今も判断の基本です。実績や業績は「結果」であり、その会社の力量や信用を示す「確かなもの」だからです。「予定」「将来性」は「不確かなもの」であり、どう読むかで「当たりはずれ」があります。
企業の経営者の多くは自社の将来に希望を持ち、今後の経営方針や事業計画を熱く語ります。とくに営業畑の経営者の話は、自社製品を売り込むセールストークのように流暢で、思わず引き込まれてしまうこともあります。こういう情熱やエネルギーが経済を活性化させているわけですが、語られた経営方針や事業計画が実現しない例も数多いのが世の常であり、そこで被害を受けると「騙された」「当てが外れた」となります。よって、企業審査や信用判断において「過去」「実績」が重視されるのは必然と言えます。財務諸表によるスコアリングなどは過去実績からの確率計算であり、「実績主義」の典型です。
 しかし、「過去」「実績」を重視しすぎると、本当に将来性のある取引先との取引を逃してしまいます。与信を投資と考えるならば、与信方針にもローリスク・ローリターンやハイリスク・ハイリターンがあり、「ローリスク・ハイリターン」を実現するには取引先の将来性を目利きする力が不可欠です。例えば取引先の業績を見るにおいては、「外部環境がこうで、その中で何がいくら売れて売上高が○○になった」という情報にとどまらず、「取引先が外部環境にどう対応し、何に取り組んだ結果、売上高が○○になった」という情報が必要になります。

経営の「目利き」

 会話の中での中谷の話は、こうした「目利き」の方法でした。中谷が触れた取引先の設備投資は、目利きを要する部分です。多額の借入で投資した場合、保守的に見れば「借入が多くて危険だ」となりますが、将来性の目利きにおいては「どういう効果をねらった設備投資で、返済計画はどうなっているのか」というところまで踏み込み、「その投資の成算が客観的に見て妥当か否か」という目利きをすることになります。
もとより、「結果がすべて」というスタンスは自分に対してとるには自戒的な意味がありますが、第三者に対してとると関係を壊す方向にしか働きません。まず相手の意志や方向性を聞いて、その成否を議論・精査するという「目利き」のスタンスは、取引先へのヒアリングなどの場面でも、関係づくりに有益なアプローチとなるはずです。もちろん、そこで“関係に溺れず”目利きをするのが企業審査のプロフェッショナルなのですが。

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