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  • 役員勘定の話 ~貸し借りの見極め~

2017.04.18

[企業審査人シリーズvol.135]

昼休みにリフレッシュルームでくつろいでいた経理課の木下のところに、審査課の青山が現れた。このところふたりとも忙しく、連れ立ってランチに行くことも少なくなってきた。
「お疲れ様です、木下さん。このところバタバタしていて、ランチ・レクチャーもご無沙汰していますね」
「確かに。お互い仕事量がどっと増えた感じがしますね。私もランチに思いを巡らす余裕がないです。青山さんも審査メンバーの中核になりつつある、ということじゃないですか?」
「まだまだ下っ端なので、また木下さんを頼りに来てしまいました。役員借入が多額にある会社の決算書があって、どのように判断したら良いか迷いまして・・・」と、青山は木下の答えを待たずに隣に座った。
「役員勘定ですか。株主と社長が同一の同族企業における中小企業では、よくある勘定科目ですね」
木下にとって、決算書の相談に乗るのは「リフレッシュ」である。いつものようにレクチャーが始まった。
「金融機関からの借入ではないですし、実質的に純資産と見る考え方もありますよね」
「ええ。ただ、だからといって慢性的に役員借入が増え続けるのは、やはり好ましくないと言えますね」
「でも、社長が会社にお金を入れている、ということなので出資と同じですよね?」
「そういう見方もありますが、基本的には出資であればしっかり資本金とすべきですし、社長個人のお金を弾力的に会社に出し入れしている状況では、資金の調達力や返済能力が読み取りにくくなってしまいます。その会社の計画性も不透明になりがちで、対外的にルーズな印象を持たれかねません」
「同族会社では、そもそも外部に決算書をオープンにすることを念頭に置いていないことも多いので、あまり気にしていないような気がします。与信判断上、どう見るべきですかね」
「過去からの経緯を確認したいですね。徐々に減ってきているのであれば、その会社が認識の上で対応していると見てとれます。役員借入金を残していると、社長個人の相続財産にもなってくるので、私が会計事務所にいた頃は『役員勘定は極力無くしていきましょう』と社長に言っていましたよ」
「それでも役員借入が固定化して、ずっと残ってしまっているケースがありますよね」
「あります。役員報酬をどの程度計上しているか、あるいは外部借入とのバランスを見ると良いでしょう」
「ちなみに、役員借入が解消されるパターンにはどのようなものがありますか?」
「私が実際に見ていた会社では、債務免除をして解消させたこともありました。ただ、その会社は過去の赤字として繰越欠損金があったので、債務免除益と相殺できましたが、通常は税金の問題が絡んできます」
「資本金に付け替えてしまうことはできないんでしょうか?」
「デッド・エクイティ・スワップですね。昔、ダイエーが銀行借入を優先株と普通株に転換しましたね。以前は裁判所が検査役を専任するなど、手続きが煩雑だったようですが、これからは増えてくるかもしれません。ただ、帳簿価格をそのまま資本金に付け替えられるわけではありません。借入金を時価評価して、回収不能分は債務免除益を計上する必要があるそうです」
「税務が絡むと、なかなかややこしそうですね。やはり、会社から返済していくのが真っ当ということですかね」
「そうです。役員報酬と毎月の返済額とで調整するのが正攻法です。役員借入を発生させずに、個人のお金とはキッパリ切り離すのが理想です。ただ、現実はそうも言っていられない状況が起こるものですからね」
「なるほど。いろいろありますが、総合すると、役員借入が大きい会社をどう見たらいいでしょうか?」
「振り出しに戻りますが、青山さんが言っていた役員借入を自己資本相当と見なして良いというのは、金融庁の金融検査マニュアル・中小企業融資編で示されていることです。ただ、その原因が本業の慢性的な不振である場合は、やはり保守的に見るべきでしょうね」
「役員借入の多寡のみで判断せず、その原因や役員借入に対する社長の考え方にも着目したほうがいいということですね。それに、役員借入金も役員報酬も多額なら、利益や資金繰りのコントロールが上手くいっているのかもチェックしなければならないから・・・、やはり全体を見渡さないといけないわけか」
「借入金の話をしてきましたけど、逆に役員“貸付金”が増え続けているケースはより注意が必要ですよ」
「つまり、社長が会社のお金を持ち出している、と言うことですよね?」
「役員貸付金が発生してしまう事例として、個人事業から法人成りする際に、個人時代の債務の引き継ぎに伴って発生することがあります。具体的には、個人時代に借り入れをしたものの、当初利益が出なかったなどの理由で、借入金に見合う資産が残らなかった。それを法人化してバランスシートを作成する際に差額が役員貸付金として残ってしまった・・・そういうケースです」
「その会社は、そこまでして法人化したかったんでしょうかね。得意先の要請があったんですかね?」
「法人化は一般には対外信用面を考慮して、といった理由が多いですね。ただ、スタート時はそうであっても、その後の本業が好調で、毎月返済していればいずれ貸付金は消えます。まあ、これも役員報酬から貸し付けの返済に充てる、ということになるので、役員勘定はやはり役員報酬とのバランスの問題になります」
「なるほど。役員報酬の額を簡単に変更できないということを前に聞きましたね。そのバランスに経営者のスタンスが透けて見える、ということなのですね」
「仕事が忙しいとお金が増えるけど使う暇がなく、仕事が暇だと使いたいお金がない、これもバランスです」
木下がそう言うので青山はしばし考えたが、どうもそれまでの話と噛み合わない。忙しすぎて普段は超精密な木下の頭脳コンピュータが少し誤作動したのかもしれない。来週息抜きを兼ねて食事に行く約束を取り付けて、青山は席に戻って行ったのだった。

役員借入金の性質

中小企業の決算書では、役員借入金がしばしば見られます。法人と個人の財布は本来的には切り分けるべきですが、突発的な資金需要への対応や、赤字補填のために役員借入金が充当されることが経営の現場では日常的に見られます。あくまで借入金なので返済義務はあるものの、同族会社では社長のさじ加減によって調整できる科目でもあり、返済されずに固定的に残っていれば自己資本に近い性質を帯びます。そのことから、金融検査マニュアル別冊〔中小企業融資編〕では代表者等が返済を要求することが明らかとなっている場合でなければ、原則として、これらを当該企業の自己資本相当額に加味することができるとしています。

より注意したい役員貸付金

役員貸付金は木下が話したとおり、法人成りのタイミングで個人の負債を引き継いだときに発生するパターンもよく見られますが、結果としては会社の資金を社長が持ち出していることとなりますので、年々増加していたり、規模が大きい場合は、その資産性、つまり会社に資金が返済されるのか留意する必要があるでしょう。そのような場面においては、決算書のみではなく、社長の経営姿勢や金銭感覚といったパーソナルな部分についても着目したいところです。なお、金融検査マニュアル別冊〔中小企業融資編〕では代表者等への貸付金や未収金等について、回収不能額がある場合には自己資本相当額から減額すると紹介されています。

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