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  • 「人間的審査」の話 ~水田の活躍~

2017.05.09

[企業審査人シリーズvol.136]

「水田さん、安東から遅延分の入金があったと連絡がありました。他の仕事も何とか回っていて、壁材の分も回収は目処がついているとのことです。いやあ、水田さま・さまです!ありがとうございました!」
 その日の夕方、審査課の青山がベテラン審査人の水田にお礼を言っている理由は、3か月前に遡る。
 その日、青山のところに営業部の同期・安東から相談の電話があった。審査を担当した青山が回収を指示していた件である。その工務店は家族経営の会社で、年に数棟の新築とリフォーム工事をこなし、小さいながらも仕事の良さから紹介が絶えず、年商2~3億円で安定していた。しかし、昨年知り合いの紹介で請け負った小規模な木造アパートの新築工事で、施主の法人が連鎖倒産に巻き込まれ、工務店の資金繰りは急に悪化した。青山のウッドワーク社は床材を販売していたが、その代金も半年近く入金が遅れていた。調査会社から取り寄せたその工務店の報告書では、同族経営の零細企業によくあるように、利益を役員報酬に回して内部留保を蓄えていなかったため、今回の不良債権によって債務超過に転落するのは確実だった。
 「その社長には新人の頃に建築のことをいろいろ教わって、世話になっているんだ。社長は長年町会長を務めている地元の名士だし、今回のことも災害に遭ったようなものだから、何とか救ってあげられないか」
 「とはいっても、このまま倒産してしまうと、うちの会社に300万円の焦付きが出てしまうよ。何とか社長と話して支払いを回してもらえないかな」
 「焦げ付きの話があって、警戒した他の仕入先から納入が止まったりして、仕掛中の案件にも支障が出ているらしい。仕掛中のその案件が何とか進めばその代金で払うと言ってくれているんだが・・・」
 「他所が引き始めているのか・・・うちが出遅れてしまったのかもしれないなあ」
 「青山、頼むよ。社長の娘さんは来年高校受験なんだよ。義理人情だけじゃ済まないのはわかっているが、俺の営業成績にキズがついても、できるだけの支援はしたいと思っているんだ。長年買ってくれているお客に不義理はしたくないからさ、何か方法はないか?」
 そう言う安東にただ回収を押し付けることができなかった青山は、水田に相談したのだった。
 青山の相談を受けた水田は、遠い記憶を辿るような顔をした後、意を決したように言った。
「その会社は先代のときに一度行ったことがあるな。職人気質だが気さくな人じゃったの。そういうことになっているのなら、久しぶりに行ってみるかな。青山君、ここは任せてくれるかの?」
「すみません。回収のほうはまだ経験不足で、水田さんに頼るしかありません。経過を教えてください」
その翌日、水田は営業の安東とともにその工務店に向かった。工務店の二代目は安東が審査部門の人を連れてくると聞いて身構えていたが、水田は先代の話から始めて二代目の緊張を解き、工務店の受注状況や入金予定、支払の予定を丁寧にヒアリングした。安東が言った通り、警戒した一部の仕入先が納入をストップし、仕掛中の工事に遅れが出始めていることも確認した。
水田は二代目が隠すことなく話した内容を復唱し、ひとしきり考えた末、「よくわかりましたよ」と言い、会社に電話をした。そこで、他社の納入がストップした壁材を自社で手配できることを確認した水田は、材料を揃えて仕掛中の工事案件を進める代わりに、その完成時の入金で遅れていた分の支払いをしてもらうことを二代目に約束させた。もちろん、他への支払いも滞りが生じていたため、完成時の入金で簡単に払える状況ではない。しかし資材納入の面倒を見るということを通じて、水田は自社に優先的に支払いをすることを二代目の腹の底から言わせたのだった。今回納入した壁材分を一括で回収するのは難しいと判断し、工事計画に基づいて回収日を個別に設定し、これも約束をとりつけた。二代目は深々と頭を下げて、水田と安東を見送った。
 水田から一連の顛末を聞いた青山は、お礼を言いながらひとつ質問をした。
 「水田さん、それにしても壁材まで入れる判断をした決め手は何だったんですか?相手が悪ければ焦げ付きをさらに増やすことになりかねなかったと思いますが・・・」
 「それはの、人を見たんじゃ。・・・と言うとわからんと思うが、二代目は遅れている工事について施主に丁寧に事情を説明して、相手も理解をしてくれていた。持っている受注の経緯を細かく聞くと、二代目の仕事振りが顧客に信頼されていることがよくわかったんじゃ。いろいろ相手に失礼なことも聞いたが、二代目はいいことも悪いことも隠さずに話してくれた。この人なら、約束を守るだろうと、な」
 「なるほど。単に義理人情ではなくて、細かく話を聞いて裏をとった上で、判断されたんですね」
 「そう。わしも昔は裏をとるのが甘くて、相手に裏切られたこともある。その人のやろうとすることを信用するには、その人がやってきたことをしっかり理解することが必要じゃ」
 「勉強になります。そのうち、水田さんに熱燗をご馳走させてください!」
 「今日は給料日の前日、青山君の財布にいつも紙幣が入ってない日じゃなかったかな」
 「あっ・・・」と裏を取られた青山の様子に、水田はワッハッハと豪快に笑い、「金の心配はせんでよい」と言いながら、その日の飲む相手を確保したのだった。

ベテランの仕事

 与信管理の世界でも世代交代が進んでいます。文書の行間を読み、あちこちに人脈を張り巡らして情報をとるベテランの審査担当は減ってきているように思えます。ひとつには、どの職種にも見られる世代交代があるでしょうし、もうひとつにはそうしたベテランを育むような、ムダな経験をたくさん積む「余裕」が会社になくなってきたことも背景にあるでしょう。また、与信管理も合理化・効率化の観点でシステマチックになり、若手の担当でも仕事ができるようになっている、という側面もあります。
 たしかに与信申請の処理や限度の設定といった業務は、手順さえ覚えれば若手でも出来ます。与信先の審査については情報の収集や読み込みに経験の差が出ますが、それでも業務に支障がない程度の「見立て」はできます。財務指標や評点から機械的に判定を導くような場合は、その「見立て」すら容易です。
 ただ、与信先に異常が生じて手を引くことを考えなければならない場面に立ち至った時は、対処は容易ではありません。手の引き方を誤れば、与信先を一気に窮地に追い込み、自社の債権回収に失敗します。またそうした強引な手の引き方で関係者に遺恨を生む、あるいは風評を立てられるという二次的なリスクも生じます。今回のエピソードでは水田が相手の見立てをして、win-winの結果を導けました。しかし、その判断においては相手を見切らなければならないケースもあり、その場合の折衝はまた難儀なものです。
 「AIの可能性」が話題になる昨今ですが、与信管理も将来その多くを「ロボット」が行うようになるかもしれません。しかし、与信の「見切り」や「回収」という今回の水田がやったような仕事は、若手にもロボットにも容易に真似はできないでしょう。会社の取引が「人と人」の取引である限り、与信管理には水田のようなベテランの存在価値があります。そして、審査人はそうした分野でこそ“爪を砥いでおく”べきだと言えるでしょう。

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