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  • 経営改善計画書の話 ~木下の決断~

2017.05.23

[企業審査人シリーズvol.137]

忙しさが一段落した審査課の青山と経理課の木下は、約束通りに退社後落ち合い、何度か来た会社近くの居酒屋の暖簾をくぐった。テーブル席に通されるなり、二人とも生ビールを注文し、同時に注文した枝豆が出てきたときには揃って二杯目を注文した。料理も唐揚げやコロッケ、焼き鳥など高カロリーのものが並び、あたかも多忙によるエネルギー切れを補給するかのようだ。
2杯目を飲みながら、青山は先日の、審査課の老練・水田の活躍に感銘を受けた話を木下に聞かせた。あわや焦げ付くかと思われたピンチから、水田の決断で得意先に壁材を新たに提供し、滞留債権が回収されるまでを、少し興奮気味に話した。
「いやぁ~、いつもはお煎餅ばかりかじっていますが、さすが経験豊富なんだなぁ、と思いましたよ」
「なるほど。相手をよく理解した上で、相手の立場に立った果敢な決断が実を結んだ、ということですね。そういえば私も、前職の会計事務所で社長に難題を持ちかけられたのを思い出しましたよ」
「木下さんにもそんな話があるんですか。まさか、クライアントに代わって債権回収をしたとか?」
「いやいや、私の話はどちらかというと債権を回収される側の話ですよ。それでもいいですか?」
「それもなかなか聞けない話ですね。今日はレクチャーはやめて、その体験談をお願いします!」
「いいでしょう」とうなずいた木下は、残りの2杯目をグッと空け、怪談でも始めるように話し始めた。
「前に、経営改善計画書を作った話をしましたよね。当時はリーマン・ショックの直後で中小企業は軒並み厳しい状況でした。その会社も資金繰りが厳しくなって、金融機関にリスケの交渉をしていました」
「経営改善計画書は経営状態が悪化して、借入返済のペースを見直す時によく作られる資料でしたね」
「そうです。私が担当していたその会社は、新・旧2つの美容室を営んでいました。リーマン・ショックの後は個人の節約志向が高くなって、なかなか売上アップにつながらない状況下での相談でした」
「美容室か・・・。最近は千円カットのチェーン店なんかもどんどん進出していて、競争が厳しそうですよね」
「はい。もともと美容師さんは他の業界と比べて流動性が高いようで、その会社は社長自身も美容師でしたが、メンバーが少しずつ減っていて、そうした中で両店舗を運営するのが難しくなってきたところでした」
「なるほど。美容師さんが減って行っては売上が増える見通しも立てられなくなりますね」
「そこで、社長は思いきって新しい店舗に資源を集中させようと決断したんです。ただ、店舗が減れば売上は大幅に減ってしまう。借入の返済に回すお金も限られてきて、各金融機関を説得しなければなりません」
「そこで木下さんに相談が来て・・・経営改善計画書を作ることになったのですね」と青山が身を乗り出した。
「そうです。旧店舗は固定客が多くて、新店舗より売上が多かったので、計画書の作成は一筋縄ではいきませんでした。売上の多い店舗を残すべきだという金融機関の意見もありましたからね」
「どうして、社長は新店舗に絞るという決断をしたのでしょう?」
「社長の話を聞き、店舗の置かれた状況を冷静に見れば、理由は明白でした。旧店舗は駅から少し離れていて、まわりには住宅が多いものの、大手チェーンの競合店が進出してきていました」
「それに対抗するには、店舗の改修や、サービス価格の見直しなんかも必要になってくるということか・・・」
「青山さんの言う通りです。修繕費や人員を増やすための募集費といった多額の費用が今以上に必要になりますし、社長は仮にお金をかけたところでどこまで競合店に対抗できるかわからないと話していました」
「新店舗のほうはどうだったんですか?」
「比較的新しい駅の目の前に出店したのですが、周辺はまだまだ開発途上の静かな住宅街といった印象でした。ただ、周囲にはスーパーや幼稚園といった様々な施設の建設計画があり、潜在需要が見込めました」
「それで、どのように計画書を作っていったんですか?」
「社長と話し合いながら、2つのシミュレーションを作りました。プランAはこのまま2店舗続ける場合で、旧店舗・新店舗ともに緩やかに売上が減少していくか、良くても横ばいと考えられました。一方のプランBは、新店舗の一店にした直後は売上が大きく落ちますが、周囲の開発に伴って売上は長期的に増加していくことが見込まれました。もちろん、コストはプランBのほうが軽いということになります」
「売上の大小よりも、最終的にきちんとキャッシュが残るかどうかが重要、ということですね」
「そうです。美容師さんの仕事は常に顧客と正面から向き合う、繊細でハードな仕事です。両店舗を回しながら続けるより、社長の目の届く範囲で集中した方が、サービスの質が高まり、顧客単価のアップも見込めるというのが、社長の主張でした」
「金融機関はプランBを認めて、返済計画を見直してくれたんですか?」
「ええ。資金繰り計画で毎月返済にどれだけ回せるかを示して、借入金を一本化してもらいました。金融機関は新店舗の売上が本当にアップしていくのかを気にしていましたが、最後は社長の熱意が伝わったようです」
「いやぁ、どうなるのか少しドキドキしました。事業規模の縮小というと後ろ向きの印象がありますが、木下さんの事例はクライアントの前進を後押しする、勇気ある決断ですね」
「決断したのは社長ですが、後押しにも勇気が必要なケースでしたね。本来経営は拡大を志向するものですから、経営者にとって縮小や撤退の決断というのは簡単ではありませんよ」
当時を思い出した木下はワインをボトルで注文し、青山もそれに付き合った。22時を回って会計をすると、ふたりで16,000円也。リーズナブルで知られるそのお店での、ふたりの最高支払額を叩き出していた。
「われわれも途中で縮小・撤退すべきでしたね」と、珍しく酔っている木下に、酔っている青山が返した。
「いやいや、日頃から縮小・撤退が多いわれわれ勤め人は、たまに果敢な拡大が必要ですよ!」

事業規模縮小の決断からリスケジュールまで

事業を営んでいると、リーマン・ショックのように、自分ではどうにもコントロールできない大きな経済のうねりに飲まれることがあります。設備投資によって業容を拡大していくのが経営の理想ですが、時には不採算店舗の撤退や商品構成の見直しなど、売上減を伴う決断を経営者は迫られます。それに伴い、借入金の約定返済ペースをリスケジュールする必要が生じるかもしれません。このようなケースに、金融機関から経営改善計画書の作成を求められることがあります(経営改善計画書については過去のコラム「84:平時にも備えよ!経営改善計画」をご参照下さい)。改善計画では、将来の売上や資金繰りの計画について、単に数字を並べるだけでなく、達成可能な理由や根拠をしっかり説明できるかがポイントとなってきます。
今回のエピソードは零細企業の事例でしたが、旧店舗を撤退する社長の考えを支持した木下は2つのプランを作成し、「売上は一時的に減少するが着実に事業を続けながら返済ペースを落とす」交渉を後押ししました。単に縮小するだけでなく、経営の一店集中の後は売上逓増の効果が見込める点を織り込んだこともポイントでした。限られた条件下でのベストな選択肢を、そのリスクも考慮しながら客観的に見極めていくことが重要と言えます。

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