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  • 決算書をもらったときの会話術  ~「デキる営業」への道~

2017.09.05

[企業審査人シリーズvol.144]

その日の朝、ウッドワーク社の営業部員・石崎が経理課の木下を訪ねていた。石崎は先般、審査課の青山が講師を務めた社内研修を受講した新人である。大学時代まで決算書を見たことがなかった石崎は、決算書に苦手意識を持っていた。中学生時代の「数学」への苦手意識に由来する石崎の苦手意識は根が深い。
前日、審査課の与信管理手順に沿って顧客から決算書を預かってきた石崎は、ルー大柴に似た先輩・八木田に見方を教わっていたが、八木田もうまく説明できない部分があり、「経理課の木下さんが詳しいから教わってこい!」と、木下を紹介されたのだった。
リフレッシュコーナーで石崎の質問に答え、石崎がスッキリした顔をしたところで、木下が石崎に聞いた。
 「石崎君はお客さんから決算書をもらったとき、どういう会話をしているのでしょうか?」
 「それが、苦手意識が強くて、あまり中身の話をしないようにして鞄にしまっているんです」
 石崎は特徴的な高い声で正直に答えた。身長は木下より高いが、威圧感のない柔らかい印象がある。
 「木下さんは会計事務所で、決算書を通して経営者の経営課題についてアドバイスをしていたんですよね。僕も決算書をもらったときに、何か気が利いたことを言えるといいと思っているんですが・・・」
「そうですね。決算書からお客さんの課題を見つけたり、アドバイスができたりするとかっこいい営業ですね」
新人に対しても敬語を使う木下は、某刑事ドラマの水谷豊のようだ。
 「青山さんの講義とか八木田さんの指導で、決算書に書いてある勘定科目や、財務分析の意味はだいぶわかるようになりましたが、まだその程度でして・・・」
「なるほど。私も会計事務所に入った頃は苦労しました。経験を積む以外の近道はないのですが、とにかく重要指標を業界平均と照らして、劣っているポイントを見つけてそこを掘り下げる、というのが王道です。前職で社長に課題抽出や目標設定について相談されたときの対応手順をお話ししましょうか」
「ありがとうございます!お願いします」と、石崎はメモ帳を取り出した。素直な新人である。
「まず決算書は単独期だけ見て課題を見つけるのは難しいので、複数期を見る必要があります」
「継続取引でよく伺うお得意先には、過去の決算書も持って行くと良い、ということですね」
「そうですね。私は会計事務所で顧客企業の業績目標の設定も手伝っていましたが、前期以前の決算結果と比べて売上・利益目標を設定するパターンが定石です。これまでどれだけの伸び率で進捗してきたのかを踏まえて、何年先までにどの程度の年商を目指すのか。そのため単価面、数量面いずれをどのようにアップさせていくのかを、経営者に一緒に考えてもらっていました。売上については、商品別や地域別等のセグメントに分解して考えたりします。セグメントは聞いたことがありますか?」
「セグメント・・・八木田先輩からよく聞くので、覚えました」と答える石崎に、木下は笑いながら続けた。
「売上については、決算書は単なる起点であって、セグメントに分解して定性的なヒアリングをしていくことが必要です。一方、コストについては原価項目別に分けて考えます。例えば仕入単価を抑えるために、より安価なものに代替可能か、一括仕入が可能か、といったことを一緒に考えていました」
「規模の大きなグループ会社では共同仕入でコストを低減している、という話を聞いたことがあります。コスト減につながる取引先をマッチングするような話ができると、喜んでくれそうですね」
「さすが営業ですね。さて、コストについては仕入にこだわらず、外注費、その他の原価経費も科目毎に確認していけます。部門や商品別の原価計算がわかると、大きく足をひっぱっているセグメントも見えてきます」
「だいぶイメージが湧いてきました。でも、仮にセグメントの話をして、テコ入れ策とか撤退といった深い話になってくると、僕なんかがうかつに意見を言うことはできそうにありません」と、石崎は自信なげに言った。
「僕らは会計担当の立場で相談を受けていましたから、時には掘り下げが求められることもありましたが、石崎君はとりあえず課題の発見プロセスを知って、それを投げかけるだけでも会話がだいぶ変わると思いますよ」
「アドバイスできるものがないのに、そういう話をするのは勇気が必要ですね・・・」と石崎はまだ弱気である。
「勇気を出して聞いてみても、相手が話してくれないことがあるかもしれません。とくに原価科目の中でも外注費や労務費の話は、その会社の体制的なところに触れるので、あまり話したがらない経営者もいます。ただ、実際に話をしてみないと、アドバイスの引き出しが増えません。日頃聞くお客さんの悩みやつぶやきが、決算書に表れていることもあります。今はアドバイスの中身がなくても、石崎君との会話の中で大事なことに気づく人もいるはずですよ」と、木下は勇気づけるように話を続けた。
「大事なのは、決算書を難しい管理数字だと思わず、お客さまの状態を表す情報だと思うことです。会社案内は作っていても、会社の経営状態を説明する書類を作っている会社はありません。決算書は、まさに会社の経営状態を数字で客観的に示す書類です。決算書を読めない経営者もたくさんいますから、営業で来た石崎君が決算書から経営状態を読み解いてくれたら、きっと頼りにされますよ」
「ありがとうございます。数字は苦手ですけど、モチベーションが上がりました。ポジティブに学習して営業ソリューションにつなげていきたいと思います」
「八木田先輩の指導で、会計知識よりカタカナ言葉のほうが先に身についているようですね」
木下はティーカップを手に取りながら、涼しく笑ったのだった。

定量面からの課題抽出・目標設定における初歩的なアプローチ

「営業パーソンのための決算書の基礎知識」といった類いの本は書店にも並んでいます。社会人として決算書は読めた方が良い、という一般論もよく聞くところですが、新人、とくに苦手意識を持った新人には「読めると何ができるのか」という動機付けがなければ、学習が進みません。今回のエピソードは新人営業部員の石崎が、木下との会話を通じて「決算書を使って顧客とどういう会話ができるか」を具体的にイメージし、学習の動機付けを得たというものでした。木下の説明はやや踏み込んだものになりましたが、目標の売上高や利益額をどう設定し、どのように達成するのかは、経営者共通のテーマであり、決算書からヒントを探ることはよくあります。業種や会社規模に応じた違いはありますが、初歩的なアプローチとして以下のようなものがあります。
・財務指標を業界平均や自社の過去の実績と比較してみる
・売上や利益の伸び率・進捗状況を確認し、大きく変動があった期を振り返ってみる
・売上では単価面、数量面に着目する
・仕入単価を抑えるためにより安価なものに代替可能なのか、一括仕入が可能なのか検討する
・原価科目の中でも特に大きな科目をさらに分解してみる
・セグメント別の原価計算が可能かどうか検討する
既掲載の与信管理コラム105・106「決算書を見る力とは(前・後編)」においても、決算書を読むための基本に触れています。決算書に苦手意識がある方、決算書初心者の方はあわせてご覧ください。

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