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  • 減価償却と残存価額の話 ~昭和喫茶とヴィンテージ~

2017.09.19

[企業審査人シリーズvol.145]

新人営業部員の石崎が初めて経理課の木下を訪ねて数日後、ふたりは退社するときに会社の玄関でばったり遭遇した。木下に挨拶をした石崎は、決算書のことで木下に聞きたいことを思い出したという顔をしているので、察しのいい木下は「少し話を聞きましょうか」と、石崎とともに近くの喫茶店に入ったのだった。
その喫茶店は青山とも決算書談義をする、例の昭和が香る落ち着いた喫茶店である。経年により艶が出ているソファに加え、オーク材のテーブルも手入れが行き届き、木下お気に入りの場所である。
「僕はチェーン店にしか入りませんが、こういうお店は落ち着いていて、いいですね」
「青山さんに教えてもらって、たまに使っています。去年のクリスマス・シーズンに彼と二人で来ましたよ」
察しの良い石崎が一瞬、聞いてはいけないことを聞いたような顔をしたので、木下が少し慌てて言った。
「いやいや、ふたりで決算書談義をしたのですよ。怪しい関係ではありません。さて、何か聞きたいことがあるんですよね。恋愛相談なら百戦錬磨の八木田さんに譲りますが、会計のことなら相談に乗れますよ」
「実は、減価償却費がよくわからなくて、木下さんならわかりやすく説明してくれるんじゃないかと思いまして。減価償却は重要だと八木田先輩がよく言うのですが、いまひとつ理解に自信が持てません」
「いいでしょう。減価償却がわかれば決算書がわかる、と言う人もいるくらいですからね」
「基本的な仕組みは研修で教わりました。固定資産の耐用年数に応じて、定額法や定率法などのルールで数年にわたって費用計上していくんですよね?」
「その通りです。そこがわかっていれば、難しいことはないでしょう?どこがひっかかるんでしょうか」
「例えば、減価償却をし終わった資産があるとして、決算書には計上されていないのに、現実ではまだ使っているということが起こってしまいませんか?それって、決算書と実態が乖離することになりませんか?」
「確かにその通りです。長年会計に携わっている人間にとっては当たり前すぎて、疑問にも思いませんでしたが、減価償却が完了した資産は、決算書上は1円の備忘記録を残すのみ、という運用が実務では一般的です。減価償却をしない土地などの科目では、そういうことはありえませんが、機械や器具工具備品、車両あたりは減価償却を終え“簿外資産”となるケースが十分想定されます。このお店のソファーやテーブルもとっくに償却が終わっていて、簿外資産になっているかもしれませんね」
「でも、資産計上されていない固定資産を売ったら、会計上はどのように処理されるんでしょうか?」
「単純に、売却額イコール固定資産売却益ということで、特別利益に計上されます。備忘価格1円を残していたら、売却額マイナス1円が売却益になります。これが普通なんですよ」
「決算書上ですでに価値がないものに値段が付いて売れるから、まるまる利益になる、ということですね」
新人・石崎の疑問はまだ晴れてはいなかった。続けてOJTで浮かんだ疑問を木下に投げかけた。
「この間、八木田先輩のお得意先に同行させてもらったときに、決算書を見せていただいたんですが、利益が少ししか出ていなかったので、あまり儲かっていない会社だなと思ったんです。でも、帰り道に八木田先輩は『減価償却が毎期多いから心配ない』と言うんですよ。これってなぜでしょうか?」
「それは減価償却費が非資金費用だからですね。当期純利益に減価償却を足し戻すことで、簡易的に返済能力を計ったりします」
「ヒシキンヒヨウ、ですか?」
「固定資産は購入したタイミングで資金の支出が生じます。それ以降、減価償却費を費用計上しても都度キャッシュの流出を伴うわけではありません。減価償却費のほかにも、引当金の繰入額は損益計算書上、利益を減らすものですが、これもお金を支払っているわけではありません。これらは資金支出を伴わない費用として非資金費用と呼ばれ、損益とキャッシュフローの計算にズレが生じる要因のひとつです」
「なるほど。損益計算書の結果だけ見て大丈夫とか、心配だとか、思い込んではいけないんですね」
「とくに設備投資が大きい業種ではとくに重要です。減価償却の『自己金融効果』は知っていますか?」
「ジコキンユウ・・・、ですか??」
「固定資産を購入した初年度はキャッシュアウトが発生しますが、翌年以降の減価償却費はお話しした通り、現金支出を伴わない費用ですよね。この費用分の資金が企業内部に留保されて、仮に減価償却が終わるまでその資金を使わないでいたら減価償却費の総額、つまり固定資産の取得価額分が貯まる、という考え方です。あくまで理論上はそうなるということで、実務的な話からはやや遠ざかりますが」
「何だか頭がこんがらがります・・・必ずしも減価償却費分のお金が貯まる・・・わけではないですよね」
「そうですね。簿記や会計の勉強をしていると出てくるので話しましたが、実態を見ることが重要です。何とか黒字でも、減価償却費の計上を誤魔化して営業キャッシュフローは大きくマイナスになっている、という会社がありますし、逆に減価償却をきっちり計上して黒字を出し、外部からの資金調達に頼らず自己資金で設備の再投資ができている優良な会社もあります。減価償却はそれだけ重要なのですよ」
「会社が儲かっているかは、利益額だけでなくて減価償却も見なければならない、ということですね。なんとなくすっきりしていなかった部分が解決しました。ありがとうございます」
「決算書に計上されなくなっても、ヴィンテージ品は高価ですよね。この喫茶店の備品も、仮に決算書上の価値は低くても、売価は高いかもしれません。石崎さんもそういう価値ある営業パーソンになってください」
「何だかまた少し頭が混乱してきましたが、頑張ります!」と、石崎は冷めたコーヒーを飲み干した。

減価償却をし終わった資産

各償却性資産の寿命や将来の売却額を正確に見積もることは困難です。このため、会計上では耐用年数を定め、その使用期間に応じて取得原価が減じていくことを前提として償却を進めます。過去の税制では、取得原価の10%を残存価額と定めていましたが、2007年の税制改正に伴い、残存価額は廃止され、備忘記録として1円を残すまで償却できるようになりました。このため、2人の会話に出てきたように、決算書上は価値が残っていないものの、実際には稼働を続ける簿外の資産が存在するケースが想定されます。とくに固定資産の入れ替えが少なく、熟練工の技術に頼っているような中小企業の製造業では、大企業に比べ有形固定資産回転期間が短く、財務分析上は資産効率が良い傾向にあります。なお、減価償却の方法については過去のカレッジコラム123「どれがお好み?~減価償却の4つの方法」を参照してください。

減価償却がストップ?

継続性の原則により、採用した減価償却の方法を毎期継続することが求められます。よって、減価償却費の計上が突然ストップしているケースでは、黒字計上を優先した結果であることが多く、償却が終わっていない固定資産の簿価やキャッシュフローの状況などをチェックしておきたいところです。TDBの信用調査報告書においては、最大過去6期分の減価償却費の計上実績を「業績欄」にて表示しています。中には取材不能によるブランクもありますが、決算資料が添付されていて計上がない場合は、要注意と言えます。

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