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2017.10.03

[企業審査人シリーズvol.146]

その日の終業時間近くに、営業部のベテラン・八木田が経理課に現れた。まだ残暑の時期だが、外回りの八木田は涼しげなスリムフィットのクレリックシャツをさらりと着こなしている。
「お久しぶり、ミスター・木下!」と、カウンター越しに声をかけた八木田を見て、木下の横に座る新人アルバイトの林野が、変わった動物を見るように目をキョロキョロさせた。林野は会計士を目指す大学生で、先月入ってきたばかりだ。
「先日はウチのニューフェイス、石崎がお世話になりました!彼のジョブトレーナーをオファーされたんだけど、会計でわからないことを聞かれて、つい木下さんを紹介してしまいました。社内ネットワークの伝承もエデュケーションの一環なので、容赦してくださいね」とカウンター越しに話す八木田に、木下も立ち上がって応じた。
「頼りにされてうれしいです。質問で改めて気づかされることもありました。ところで今日はどうされましたか?」
「実は、カスタマーの社長とトレンドの事業承継について話していたんだけど、そこの社長が自分の会社をそのまま引き継ぐんじゃなく、息子を代表として新しい法人を設立することを考えている、なんて言いましてね」
「八木田さん、話題の幅が広いですね。面白そうですが、コンサルでもやるつもりですか?」
「いやいや、私にアドバイスできるようなナレッジはないですよ。ただ、考えてみると、自分は会社設立の実務をほとんどイメージできない・・・ということで、会計事務所出身のミスター・木下に会社設立のベーシックなフローをレクチャーしてもらいに来たわけです」
「確かに私は前職で2,3社ほど、会社設立のお手伝いをしたことがありますよ。その経験を話しましょうか?」
「さすがです!アバウトでよいので、実務フローを教えてください」と、八木田は黒革の手帳を取り出した。
「ざっくりと、設立準備、定款作成、資本金の払込、設立登記、設立後の各種届出書作成に分けられます」
 木下はカウンターにあった裏紙に、5つのステップを書き、それらを矢印で結んだ。
「ファイブ・ステップ・・・ね。設立準備というのは、社名を決めたり、ロゴを作ったりといった感じですか?」
「ロゴを真っ先に考えるのが八木田さんらしいですが、設立準備ではまず商号、目的、本店所在地、株主に役員構成、資本金、株式数、事業年度といった内容を決定して、定款にまとめる必要があります」
「なるほど。定款は聞いたことがありますよ。役所での認証が必要なやつですね」
「そうです。作成した定款は公証人役場で認証を受ける必要があります。まあ、このあたりは専門的な手続きになるので、私も最終的なチェックと申請は馴染みの司法書士事務所にお願いしていましたが」
「ミスター・木下は主にどのような業務をしていたんですか?」
「これから社長になる方と打合せをして、定款作成のアドバイスをしていましたね。会社の繁忙期と重ならないように決算月を定めたり、会計事務所には多くの実例がありますから、それらを参考にしながら会社の目的をしっかりヒアリングをして漏れが無いように定款に落とし込んでいきました」
「確かに、いつ決算をするかは重要ですよね。ビジーな時期に決算したくないよね」
「そうです。無事に定款認証が完了したら、次は資本金の払込です。具体的には資本金を発起人の代表者個人の銀行口座に振込か入金をするんですが、これが結構間違えやすいんですよ」
「法人の口座がまだないから、発起人の個人口座に払い込むのか・・・で、ミステイクしやすいとは?」
「手順としては、発起人の個人名義の銀行口座・通帳を準備します。これは、普段使っている口座で構いません。例えば、資本金を100万円と決めたとしましょう。普段使っている口座の残高10万円に、90万円の払込をして、残高を100万円とするのは誤りなのです。あくまで、払込額を100万円とする必要があります」
「なるほど。会社と個人のマネーをミックスしないように注意ということですね。お次のタスクは何でしょう?」
「その通帳のコピーとともに、『資本金の額の計上に関する証明書』といった書類を作成したり、また、このタイミングで法人の代表印を作って法務局に印鑑登録を行ったりして、設立登記申請の準備を進めます」
「結構大変そうですねぇ・・・それでようやく設立登記になるわけですか?」
「はい。登記申請は司法書士に依頼しますが、設立登記が終わったら税務署や県税事務所、市役所へ法人の設立届等の書類提出を行います。社長には銀行口座を開設してもらい、ようやく事業スタートとなります」
「なるほど。ざっくりフローをイメージできました。ちなみに設立のコストはハウマッチ?」
「定款の電子認証にかかる公証人の手数料や登録免許税などをひっくるめて、最低20万円少々は必要経費となります。厳密には資本金の額が大きくなると登録免許税も大きくなります。これに我々会計事務所の各種相談・資料作成の手数料と司法書士の手数料がかかります」
「ナイスレクチャー!おかげでベーシック・ナレッジがインプットできましたよ。サンキュー、ミスター・木下!」
八木田は鞄の中から用意しておいたらしい缶ミルクティーを木下に渡し、握手をして、颯爽と去って行った。
席に戻った木下に、林野が落ち着かない様子で聞いてきた。「今の方は何という方ですか?」
「営業部の八木田さんです。ときどき会計のことで質問に来るんですよ」
「ヤギタさんという方は、ハーフですか?」と真顔で聞く林野に、木下はミルクティーを吹き出しそうになった。

会社設立の流れ

木下が話した“会社設立までの流れ”をまとめると、おおむね以下のようなステップに分けられます。
①設立準備 … 商号、目的、本店所在地、株主に役員構成、資本金、株式数、事業年度等の決定
②定款作成 … 上記の決定事項を定款のフォーマットに落とし込み、定款認証を行う
③資本金の払込 … 定めた資本金を各出資者が発起人の代表者個人口座に「振込」または「入金」する
④設立登記 … 法人代表印の登録や、上記通帳コピーと関連する払込証明書を準備し設立登記へ
⑤税務署等への各種届出 … 法人設立届出書や青色申告の承認申請書等の各種届出の作成・提出
なお、上記④までにかかる日数については、打ち合わせ等も考慮して2週間程度は確保しておきたいところです。余談ながら、登記申請日は「大安」にしてほしいとリクエストをする中小企業の社長も少なくありません。

新設企業の与信

設立したてで決算期をまだ迎えていない法人は、定型的な与信判断が難しいと言えます。実績が無いため、保守的にならざるを得ないでしょうが、グループ会社であれば親会社や関連会社の情報収集を、個人事業から法人成りをしたケースにおいては、過去の青色申告決算書などの提供交渉を検討してみましょう。また、商業登記を取得して、役員にひっかかるところはないか、事業目的に互いの関係性が薄い事業が多数並んでいるという「パクリ屋」の傾向がないか、といったあたりは最低限チェックしておきたいところです。事業実績のない、創業直後の会社では、代表者の経歴や事業の見込み、当面の資金手当について入念にヒアリングを行うことが重要です。その上で、最終的にはその将来性をどう見立てるか、で判断することになります。当然、取引開始となっても小さな取引からスタートし、様子を見ながら与信をコントロールしていくことが肝要です。一方、優れた企業であれば出資することも考えられ、新設会社への与信判断は「投資判断」に近いと言えます。

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