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  • 在庫と利益の関係 ~地下倉庫と頭の整理~

2017.11.21

[企業審査人シリーズvol.149] 

スペイン料理の景気浮揚策から一気に消費マインドが冷え込んだ審査課の青山と経理課の木下は、翌週の水曜日、会社の倉庫にいた。そこはウッドワーク社の本社ビルの地下2階である。うず高く積まれた段ボールの中には、両課の古い資料が大量に保管してある。従業員が滅多に足を踏み入れないため、少し歩くと蛍光灯越しにホコリが舞うのが見える。若手のふたりに、倉庫整理の力仕事の特命が下ったのである。
 「部として古い資料を電子データ化して参照できるようにしよう、という話は確かにありましたが、まさか終日片づけを命じられるとは思いませんでしたよ。何だか罰ゲームみたいですね…」
 「普段あまり体を動かさないんだから、こういうのもたまにはいいじゃないですか。」ふたりは大まかに手順を確認し、作業にとりかかった。
 「それにしても、昭和の時代の資料もありますね」
 「せっかくですから、しっかり整理しましょう。全社的に在庫を減らし、かつ無駄を省こうという動きがありますから、データを電子化しておけば利用価値も生まれるでしょう」と、木下はどこまでも前向きである。しばらく黙々と作業をしていたふたりだが、青山がふと木下に話しかけた。
 「在庫で思い出しましたが、棚卸資産が非常に多い場合は粉飾の疑いがある、という話がありますよね」
 「期首棚卸資産プラス当期仕入額、そこから期末棚卸資産をマイナスにして原価を算出するので、期末の棚卸資産を架空に大きく計上すると、原価は減って、その分利益の水増しにつながる、というカラクリですね。粉飾でなくとも、実際に不良在庫が多くて棚卸資産回転期間が長期化している場合も要注意ですが」
 「その逆パターンを考えると、期末の在庫を削減すると利益が減ってしまうことになりませんか?会社でムダな在庫を減らしていきましょう、という話を聞きますが、それは利益確保と逆行することになりませんか?」
 「それは、話を少し整理する必要がありますね。期末の在庫を減らすことによる効果は何でしょうか?」
 「商品在庫とか棚卸資産はまだ売れていない資産で、結局お金を立て替えている状態になるわけだから、それを減らすと資金繰りは良くなる、そういうことですよね?」
 「その通りです。では、ここで簡単な例を作ってみましょう。ともに売上が100億円のA社とB社があるとします。いずれも期首の棚卸資産はゼロ。A社は当期仕入合計額が80億円、期末在庫は20億円でした。一方、B社の当期仕入合計額は70億円、期末在庫は10億円とします。粗利益はどうなるでしょうか?」
 「待てよ…、0+80―20と0+70―10、どちらも原価は60億円です。粗利も同じ40億円になりますね」
ダンボールの書類を整理しながら計算問題を出題し、それに答えるふたりは、管理部門の鏡である。
 「でも、B社の方が仕入も在庫も少ないから、出て行っているお金は少ないハズ・・・資金繰りはB社の方が余裕がある、ということになりますか?」
 「収支サイトも同一条件なら、そうなりますね。ちなみに必要運転資金のロジックはご存知ですよね?」
 「棚卸資産回転期間と売上債権回転期間の合計である受取サイクルから、買入債務回転期間の支払サイクルを差し引いた分が必要運転資金の規模です」
 「この受取サイクルを短くできると、必要運転資金の規模を抑えることができます。よって、在庫を減らせば、それだけ立て替えている分が減って、資金繰りには余裕が生じることになります」
古い資料から片づけてきた二人は、なんとか昭和から平成に突入した。進捗はまだ全体の3割程度だ。
 「在庫の削減が資金繰りにプラスなことは分かりましたが、利益への影響はどうなりますか?」
 「本題はこっちでしたね。では、仕入量を変えずに同程度の売上が計上されている状況において、期末の在庫を減らすための手段は何だと思いますか?」と、ホコリを箒でまとめながら木下が聞いた。
 「不良在庫を処分してしまうか、安く売り切ってしまうしか・・・、これだとやはり利益は悪化してしまいます」
 「そうです。単純に期末の棚卸資産をなくすだけであれば、棚卸資産処分損で費用となってしまうでしょう。また、ご指摘の通り在庫をセールで値引き販売すれば、通常売価での販売時より利益は減ります。ただ、会社が在庫を削減するという取り組みは、その後の仕入を吟味したり、より売れる商品に絞ったりといった努力を伴いますから、翌期以降の資金繰りや利益に効果が出てくるのです」
 「なるほど。確かに、在庫が多いだけで、そのための保管料や管理の費用もかかりますよね」
 「そうです。在庫削減によって浮いたキャッシュをプロセス改善に投じたり、借金を返済したり、従業員に還元して士気向上を図ったり、いろいろと有効活用に回せます。そう考えると、在庫も結構深いでしょう。会社は翌期の利益を増やせばよい、というだけではありません。長期的に会社を維持存続・拡大していかなければなりませんから、在庫の削減も含め、長い目で見ながら常に体質改善策を講じていくことが求められます」
 「そういえばちょっと前に、モノを捨てる断捨離とか、モノを極力持たないミニマリストというのが流行りましたよね。僕の場合、そうした本を買った分、またモノが増えただけで片付きませんでしたが・・・」
 「モノを多く持っていると、それを管理したり、最終的に処分したりするためにコストや時間がかかるという考え方は良く分かります。企業会計では、それらの資産を使っていかに稼ぐかという観点がありますが、過剰在庫や過剰投資には常にリスクがついてきますので、それと似たような話かもしれませんね」
 ふたりの会計談義が一段落したところで、経理課の石田が作業進捗を見に来た。ふたりを見るなり、「口ばかり動かしてないで、しっかり手を動かしてくださいね~!」と、口癖のような台詞を吐いた石田が勢いよくドアを閉めて去って行くと、その勢いで積み上げていた資料の一角が崩れ、ふたりは揃ってため息をついた。

在庫と利益の関係

今回のコラムは、「決算書の見方セミナーシリーズ ~中小企業の分析表を見るポイント~」に参加された方からいただいたご質問をとり上げました。棚卸資産回転期間の異常値や必要運転資金の極端な増加は、不良在庫や架空在庫が含まれていないか、回収が焦げ付いている債権がないかといったポイントをチェックする必要があります。逆に損益計算書の構造上、在庫を減らすと計上される原価が増加し、利益が減る形で作用します。しかし一時的にはそうなっても、在庫の削減は資金繰りの良化に繋がります。さらに、在庫管理のための保管料や保険料、また、目に見えにくいところですが人件費などが間接的にかかっているはずですので、大きな視野で見れば在庫削減の取り組みは効率性・収益性の改善につながっていきます。
 棚卸資産の削減と一口に言っても、入り口となる仕入の見直しから、製造業であればいかに短期間に仕上げて仕掛を減らすか、さらに売れる商品構成の研究や時期的な需給変動の調査など、その取り組みは多岐にわたります。棚卸資産の増減をチェックする場合は、こうした背景や動機を確認しながら、それぞれに関連する勘定科目の動きも合わせてチェックしていくことが肝要です。

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