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  • 定性情報の目利き ~審査の経験則~

2018.01.16

[企業審査人シリーズvol.152]

「いやあ、こうなるとは思わなかったな・・・」
 審査課で青山の前の席に座っている秋庭が珍しく声を上げるので、青山が思わず顔を上げた。
 「どうしたんですか。秋庭さんがそんな声を出すのは珍しいですね」
 秋庭は青山より6つ年上の審査課員である。PCスキルに長け、審査課内の各種データベースはほぼ彼が整備した。プライベートでも趣味がパソコンの組み立てやカスタマイズと称している彼が、なぜ新卒の就職先に建材商社を選んだのかは謎となっているが、入社後は総務課に配属され、各種の集計フォームを作って重宝された。その噂を聞きつけた審査課長・中谷が審査用管理データベースを作る手伝いを依頼したのが、審査課への異動の伏線となった。その秋庭も審査課でのキャリアが5年を超え、今では個別の審査事例に驚くことも少ない立派な中堅課員となっている。
 「厳しいなと思っていたお客さんが見事に立ち直ったから、ちょっとびっくりしてね。去年の与信限度更新で、営業担当の小松村とかなりやりあったんだけど、結果的に彼の見立てが正しかったよ」
 その後、青山と水田に秋庭が説明したところによると、話はこうである。
 ・・・2年前、秋庭は担当する工務店の与信枠の更新審査をしていた。東京都郊外にあるその工務店は、取引の長い顧客だったが、創業社長の齢が70を過ぎ、仕事の質は高いが営業力が乏しく業容は年々縮小、赤字が続いて前年にはとうとう債務超過に陥った。昔からの慣習で材料費を3カ月の手形払いとしていたため、銀行からの借金こそ多くはなかったが、与信をするウッドワーク社からすれば、業績が悪化傾向にある上に売上債権額が膨らみやすく、当然「要注意」のマークとなる。審査を継続して担当していた秋庭は、営業担当の小松村のところに行って、話をした。秋庭と小松村は同期入社である。
 「そろそろ条件面を見直した方がいいんじゃないか。不義理するような社長じゃないといっても、最近は体調を崩すこともあるというじゃないか。業績や突発的なリスクも考えて、与信を抑えたほうがいいよ」
 「いや、仕事は継続的にとれているし、大丈夫だよ。あの社長にはずいぶん良くしてもらっているし、今さらそんな話もしたくないから、何とか頼むよ。会社にはよく顔を出すし、異変があればすぐ相談するからさ」
 「後継者もいないんだろう?万一社長に何かあったら、なおさら引けなくなるぞ」
 「それがさ、後継者の目処はついたんだ。総合商社勤めの息子さん、急に後を継ぐと言ってきたそうだ。息子さんが就職するときに進路で大げんかして、以来社長は後継ぎを諦めていたそうなんだが・・・」
 「総合商社?建築関係の仕事だったのか?」
 「いや、食品関係らしい。まったく畑違い。でも、四十歳手前で部長に昇進したって社長が自慢していたから、仕事はできる人なんだろうよ。そういうことだから、もう少し様子を見てくれないか」
 ・・・そんな会話があった1年後の定期審査は、社長が交代して4カ月後のタイミングだった。先代は会長職にとどまっていたが、高齢と体調不良により出社の頻度が激減しているという。前期の決算は10%の減収、200万円の赤字決算、加えて今期は受注残がかなり減った状態でスタートしているという。
 「やっぱり、畑違いの新社長には厳しかったんじゃないか?実際、受注も落ちているようだし・・・」
 「いや、今は詳しいことを言えないが、受注回復の目処がついているらしいよ。しっかりした人だし、先代が手を付けなかった管理面のてこ入れも始めている。今はきつい時期だが何とか支えてほしい、とお願いされたよ」
 「小松村、気持ちはわかるけど、今は言えない良い話ってのは、信用できないんじゃないか?」 
 「俺も営業で中小企業の社長はいろいろ見てきたけど、あの人の話は確かだと思う。今回の商談も、商社時代の人脈を活かした確かな話だと聞いている。秋庭、ここは俺を信用してくれないか」
 秋庭の審査経験から見て、業績が傾いてきた会社を畑違いの二代目が継いで立て直す、というシナリオは描きづらい。秋庭はもともと論理的思考の人である。しかし、秋庭は論理的思考の人によくあるように、論理を超越した「押し」に対し、あまりうまく対処できないという弱みがあった。同期の小松村への信頼感もあったため、いくつかの裏付けを得た後、申請通り通したのだった。
 ・・・・・「それで、どうなったんじゃ?」と、長いエピソードを聞き終えた水田が、少々じれったそうに聞いた。
 「それが、小松村の見立てが正解でした。前回の与信限度更新の直後、大手ハウスメーカーから大規模集合住宅のリノベーション工事を受注して、今期は売上高が30%増です。コスト面の見直しも進めて、上半期の決算では粗利益率が改善しています。なので、今回の小松村の申請は与信限度額の増枠申請なんですよ」
 「ハウスメーカーの仕事というのは、やはり商社人脈によるものだったのかな?」
 「これから小松村に聞きますが、建築部門に昔の上司がいて、仕事をもらえるという話をしていたので・・・」
 「なるほど。秋庭さんが当時そこまで先読みするのは難しいですよね。僕だったら却下していたと思います」
 「秋庭君が営業を牽制したのはただしいぞ。審査の保守的なスタンスに徹すれば、小松村君を説得して一旦与信を小さくするのが基本じゃろう。しかし、そこは秋庭君なりの見立てがあったんじゃ。うちに来た頃の秋庭君ならバッサリと切り捨てていただろうが、そういう判断もできるようになったんじゃなあ・・・」
 「いやいや、自分で論理的にうまく説明できない判断だったので、少し気持ちが悪かったんですが・・・」
 「まさに、定性情報の目利きじゃ!感心したぞ」と水田が言うと、秋庭が照れながら言った。
 「定性情報の目利きを誤って、自分の目利きを訂正することにならなくて良かったよ」
(秋庭さん、そんなだじゃれも言えるようになったんですね・・・)と、青山は水田と違うところで感心していた。

定性情報の目利き

 与信の審査は、与信先の将来を見極める仕事と言えます。無数の可能性がある将来の中から「可能性が大きい将来」を合理的に選りすぐるためには、経験則と情報が必要です。今回のケースで秋庭が当初持った懸念は、審査経験に基づく経験則(畑違いの転職をした二代目が会社をすぐに建て直す確率は低い)に基づくものでした。結果は経験則を裏切りましたが、その決定因は、二代目の人物と営業力という定性情報でした。秋庭は半ば小松村に押され整理できないまま判断したと振り返りましたが、秋庭なりに小松村を介して情報を集めたことと、小松村を信頼しうる情報源とした秋庭の目利きが、正しい判断につながったと言えます。もちろん、この工務店の業況回復には、社長が抜けても維持された仕事の質の高さも背景にありました。不足していた営業力を二代目が埋めることで、世代交代と業績回復を成功させた事例と言えます。
 企業審査は他の仕事と同様、経験の長さが経験則を形成します。「このパターンの会社はこうだろう」・・・数ある審査案件をさばいていくために、経験則は必要です。個別事例をすべて個別としていては、時間がいくらあっても足りません。将来、過去データを大量に読み込んで学習するAIは、より優れた経験則でよりスピーディに処理してくれるかもしれません。しかし、経験則だけに頼ると落とし穴にはまるのも、与信審査です。与信判断の根幹は、やはり「事実情報の飽くなき追求」にあると言えるでしょう。

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