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  • 新株予約権の話 ~毒か?薬か?!~

2018.04.03

[企業審査人シリーズvol.158]

審査課の青山は、このところ審査で上場企業の有価証券報告書に目を通す機会が増えていた。中小企業の審査についてはある程度の理解に達したと、課長の中谷が判断したようである。青山らが働くウッドワーク社では上場企業そのものを審査する機会は少ないが、その子会社の審査でも親会社やグループ頂点企業の有価証券報告書をチェックしている。こうした企業の審査案件を中谷が意図的に青山に回すようになっていた。そんなある日、とある企業の単独決算書を眺めていた青山だったが、自己資本比率の計算でつまずいたところで、昼休みを迎えた。その日は経理課の木下とランチの約束があったため、会社のエントランスで木下と合流した青山は、目的の店に行く道すがら、早速木下に質問をぶつけた。
「自己資本比率を自分で手計算してみたんですが、有価証券報告書に表示されている自己資本比率とずれてしまうんですよ。四捨五入とか切り上げ、切り捨ての問題でもなさそうですが・・・」
腑に落ちない表情の青山に、木下はいつものように飄々と深掘り質問を始めた。
「純資産の部の中に、新株予約権の計上はありませんでしたか?」
「新株予約権・・・たしか、ありましたよ」
「やはりそうですか。自己資本比率の計算方法は、ざっくり純資産の部合計を分子、資産合計を分母と覚えていると思いますが、正確には分子は純資産合計から新株予約権を差し引くのです。新株予約権については理解していますか?ストックオプションという言葉は、聞いたことありますか?」
「たまに新聞でみかけます。インセンティブのひとつで、役員や従業員にあらかじめ決められた価格で自社株式を購入できる権利を与えるもの・・・ですよね。それが新株予約権?」
「そうです。正確には、ストックオプションは新株予約権の一形態ですが。新株予約権は、資本金となる可能性がありますが、行使されずに失効する可能性もあるので、仮勘定とみることができます。ただし、返済義務がある負債とは性格が異なることから、純資産の部に計上されています。純資産の部は『株主資本』、『評価・換算差額』、『新株予約権』の大きく3つの分野で構成されている、というのはご存じですよね」
「評価・換算差額は、投資有価証券の評価差額とかが計上される項目でしたよね?」
「その通りです。資産の評価替えが求められているものの、未実現の利益のため損益認識すべきでないとされる資産評価に対応する勘定が計上されます」
ここまでの会話の間に、青山と木下は目的のラーメン店ののれんをくぐり、食券を買い、席に座っていた。
「ちなみに、インセンティブ以外での新株予約権は、どのような用途で発行されるんでしょうか?」質問を続ける青山に運ばれてきたラーメンは、新メニューの背脂倍増のこってりラーメンだ。トッピングでチャーシューや味玉に加え、大量のネギがのっている。
「行使されると増資に繋がるので、資金調達目的で募集されることがあります。既存株主の保有株式数に応じて、新株予約権を無償で割当てる増資方法は『ライツ・オファリング』と呼ばれています」答える木下が注文したラーメンは、真っ赤な唐辛子スープが特徴の激辛ラーメンで、両者ともに個性的なチョイスだ。
「『ライツ・オファリング』ですか・・・。ちょっと、きいたことがありませんね」
「イギリスなどヨーロッパ諸国では一般的な上場企業の増資手段だそうですが、日本での活用はまだまだこれからでしょうね。またM&Aが盛んなアメリカでは買収防衛策の一環として新株予約権が用いられるケースもあります。これは、『ポイズンピル』と呼ばれていますよ」
「ポイズン・・・毒薬ですか。なんだかおどろおどろしい雰囲気ですが、どういう効き目があるのですか?」
「既存の株主に予め新株予約権を付与しておいて、敵対的買収が発生すると権利行使を発動させ、株式の希薄化を引き起こすのです」
「なるほど、そうなると買収した企業の議決権が低下してしまうわけですね。そうすると、買収する側も躊躇しますね。新株予約権は使いようによっては色々化ける面白いキャラクターですね」
「そうですね。時には社債にくっついてワラント債となることもあります。ところで青山さん、今、尋常じゃない量の黒胡椒がラーメンに入りましたが、それはポイズンピルですか?私が少し味見させて欲しいと言うのを躊躇させるには十分な量ですよ」
「違いますよ、出が悪いので勢いをつけて振ったら、蓋がとれてしまって・・・」
「そうですか。私はてっきり、いつも新メニューを味見させてもらうので、その防衛策を打ったのかと・・・」
「胡椒大盛りの新メニューをぜひ味見してください」と言う青山に、木下は首を振った。
「いや、今日は遠慮しておきます。青山さん、私のスープを少し分けますから、胡椒を希薄化しましょうか」
「木下さんの激辛スープを足したら逆効果じゃないですか!」
「そうですか。胡椒は希薄化できると思いましたが・・・」と、木下は残念そうな顔をした。

新株予約権の発行

新株予約権とは、その発行主体に対して一定期間、あらかじめ定められた一定の価格で株式の交付を請求することができる権利であり、会社法の第2編 「株式会社」の第3章にて定められています。純資産の部に計上されるものの、仮勘定としての性格を有するため、自己資本比率の計算上は除外する必要があります。なお、実際に新株予約権を発行するにあたっては、主に以下のような内容(会社法236条より抜粋)を定める必要があります。
・新株予約権の目的である株式の数またはその数の算定方法
・新株予約権の行使に際して出資される財産の価額またはその算定方法
・金銭以外の財産を新株予約権の行使に際してする出資の目的とするときは、その旨並びに当該財産の内容及び価額
・新株予約権を行使することができる期間
・新株予約権の行使により株式を発行する場合において増加する資本金及び資本準備金に関する事項等

新株予約権行使に伴う様々なパターン

新株予約権が行使された際は、新株を発行するケースのほかに、自己株式を有していればそれを譲渡することもあります。また、新株予約権付社債を発行しているケースにおいては、新株の取得対価について金銭の払込に代えて社債の償還にて行われることもあります。とくに有価証券報告書を提出している大企業においては、新株予約権がどのような意図で発行されたのかによって、様々なパターンが想定されます。権利行使が認められる期間を経過して失効するケースも含め、覚えておきたいポイントです。

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