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  • 研究開発費と「過剰」の判断 ~会計明瞭・ネタ不明瞭?~

2018.07.03

[企業審査人シリーズvol.164]

ウッドワーク社の審査課・青山と経理課・木下は今日も誘い合わせて夕食をとっていた。プレミアム・フライデーとは無縁なふたりだが、給料日なので気分だけでもプレミアムに!と、珍しく寿司屋に入った。ランニングを趣味としている木下が、会社近くの路地裏で最近発見した店である。回転タイプしか知らない青山は「寿司屋はどうですか」という木下の提案に躊躇したが、木下が開店記念割引券付のチラシを入手したことから、提案を承認した。「リーズナブルに創作寿司をお楽しみください」、チラシにはそう書いてある。
「そうそう、うちの会社の決算処理も終わりましたが、研究開発費を結構使っているのにびっくりしました」
「床材の機能的差別化に力を入れていますからね。営業の人たちは助かっていると思いますよ」
「そうでしょうね。私は営業の経験はないですけど、何年も同じものを売るのはつらそうですからね」
「研究開発費と言えば、先日餃子の店で繰延資産の話をしてもらったときも出ましたね」
そう話す青山の前に、何やらネタの正体が一見して不明な、「実験的」な寿司が並んでいる。ふたりは給料日の大きな気持ちをそのままに、「おまかせコース」を選択したのだった。
「管理先は中小の工務店が多くて研究開発費にはなじみがないんですが、教えてもらっていいですか?」
「では、『研究開発費等に係る会計基準』をベースに話をしましょうか。この基準では、研究開発費は発生時の費用計上が要請されています」
木下はしばらくネタを眺めていたが、好物のタコだと確認できて、ようやく口に運んだ。
「そもそも、研究開発費って、新製品の開発費用のことですよね?」
「製品開発だけではありませんよ。研究とは新しい知識の発見を目的とした計画的な調査や探求とされています。開発は研究の成果を新しい製品や生産方法の計画や設計に反映させるかたちで具体化するものです。ですから、人件費や材料費、固定資産の減価償却など様々な科目が研究開発費になりえます」
「原価や販管費にバラバラに計上されることもあり得るわけですか。総額の把握が難しそうですね・・・」
「ですので、会計基準では、研究開発費の総額を財務諸表に注記しなければならない、と定めています」
「そうなんですね。与信判断の立場では、研究開発に力を入れている会社だという認識をする一方で、度を超えた投資をしていないかが気になります。身の丈に合った研究開発費の程度感って、ありますか?」
「う~む・・・。明確な求め方というのは、正直ありませんね」
ネタの見分けがつかない3貫目を見ながら、木下は複合的に唸った。
「青山さん、考えてみてください。新製品をつくる研究開発とわかったとしても、その新製品は企業秘密です。海のものとも山のものともつかないものに、外部の人間がその妥当性を判断するのは難しいですよ」
「産業スパイになって潜入しないとダメですかね」
「言わずもがな専門知識が求められますし、そもそも裏表のない青山さんにはスパイは務まらないでしょう」
 思わぬだめ出しを喰らった青山だが、意に介さず創作寿司を喰らっている。
「ただ、開発内容はわからないとして、企業経営の健全性の観点から見ることは可能ですね。王道になりますが、利益を食いつぶすほど研究開発費が多額になっていないか、きちんと経常利益が出せているか、というところはポイントになるでしょう。キャッシュフローを確保できているかも、見ておきたいですね」
「なるほど・・・通常の財務分析のような、同業他社比較や経年比較もできそうですね」
「ええ。ただ、研究開発費の同業他社比較はあまりアテにならないでしょう。たとえ他社よりも多額であったとしても、それが良いとも悪いとも言えませんからね」
「結論としては、基本に帰って、全体のバランスを見るということですね」
「基本はそうです。ただ、製薬ベンチャーといった業態では、売上が計上されず、毎期借入や親会社からの資金提供などで研究開発に勤しんでいるため、赤字続きというパターンもあります」
「そうなると、何の研究開発で、どれだけのリターンをねらっているのかがわからないと、判断に困ります」
「上場企業であれば有報に研究開発活動が掲載されますので、その会社が何に注力しているのか、概要は把握できます。多額の投資は、その目的や効果を予め投資家に説明する必要がありますからね」
「設備投資も同じですよね。身の丈に合ったバランスの判断は全体を見るしかありませんよね」
「設備投資の場合は、研究開発費よりは見立てる術がありますよ。業種に応じて設備投資の程度感は変わってきますが、新規事業等の開拓がない限り、過去の投資実績が参考になります」
「確かに!製造業ならそれなりの製造設備や工場を持っていて、定期的な設備の入替もありますからね」
「そうです。業態に応じて、どのような償却性資産が必要なのかはイメージできるはずです。投資額が増えていれば、何の設備拡充をしたのか、それが売上アップに繋がったのか、といった観点でチェックできます」
「なるほど。ただ、最近増えているソフトウエアなどの無形固定資産は、イメージがつきにくいですね」
「その場合も肝になるのはキャッシュと減価償却です。減価償却費が経年で極端に増減していれば、恣意的な利益操作の可能性があります。結果として営業CFやフリーCFがプラスになっているかが重要です。ところで青山さん、今食べたお寿司のネタは何でしたか?」
「わかりません。辛くも甘くも無い。魚介類のような味もしたような気もするし、野菜のような感じもありました」
「よく、何か分からないまま食べられますね。大将、彼が今食べたネタは何だったんですか?」
木下が聞いてみたが、板前は不気味にニヤリと笑うだけだった。木下が店のメニューを見ると、「おまかせコース」の横に小さく、「ミステリアス!ネタは聞かないでください」とある。ふたりも黙って苦笑したのだった。

研究開発費

木下が挙げた「研究開発費等に係る会計基準」では、研究及び開発について次のように定義されています。
・研究とは、新しい知識の発見を目的とした計画的な調査及び探究をいう。 
・開発とは、新しい製品・サービス・生産方法(以下、「製品等」という)についての計画若しくは設計又は
既存の製品等を著しく改良するための計画若しくは設計として、研究の成果その他の知識を具体化する
ことをいう。
なお、研究開発費はすべて発生時に費用として処理しなければならないこと(同基準 三)や、一般管理費及び当期製造費用に含まれる研究開発費の総額を注記すること(同基準 五)が要請されています。

過剰投資の判断

外部の目からは、企業の適切な投資額の判断は難しいところですが、過去の投資実績や月商比での規模感の把握に加え、減価償却の計上動向、財務分析値の異常の有無やキャッシュフローの確認など、一連の財務分析を軸に、何のための投資なのか定性情報を押さえたいところです。さらに、研究開発や投資の効果の見極めは、将来の成長性分析も絡みますので、その会社がどのような方針のもとで舵を切っているのか、中長期的な方向性もあわせて確認できると良いでしょう。

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