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  • 私募債の話 ~「007」な一日~

2018.07.17

[企業審査人シリーズvol.165]

審査課の青山はその日、新人営業部員と取引先に同行することになった。営業部配属の新入社員に対し研修講師として関わっている青山だが、「与信で気になる先があれば積極的に同行してあげなさい」という課長の中谷の後押しがあり、月に1~2件は与信限度更新のタイミングで同行しようと決めた。もともと営業部員の青山は、同僚の秋庭とは違って外回りはまったく苦にならない。
今日の同行はその1回目で、新人の谷田君との同行である。訪問先は床材加工を行う中小企業で、ウッドワーク社とのつきあいは長いが、谷田君はまだ3回目の訪問ということで、やや緊張気味である。場を温めようと、気さくな名物社長との会話は青山の仕事になった。
「御社の新製品を拝見しました。環境への取り組みを身近なものにしてくれるものですね」
「ああ、携帯型コンポスト、『ミスター・ノオ』のことだね。出先でちょっとした食べ残しをサッと処分できて、
家に着く頃には跡形もなくなっているという、夢のような製品ができたんだよ。こういう副業みたいなのもやらんと、床材加工だけじゃ生きていけん。もう製造ラインも新設したし、これからがんがん売るよ」
「製造ラインを新たに作ったんですね!景気のいい話ですね」
「おう。金融機関が食いついてくれてな。そうだ、見てくれ。その製造ラインの投資で社債を
発行したら、こんな盾をもらったんだ」
そう言って、社長は応接のソファから立ち上がり、デスクに飾られているガラス製の盾を持ってきた。
「環境にいいことしたから、だそうだ。お金を借りて、こんなものまでもらえるのは、何だかうれしい話だな。そういえば、試作品を作っているとき思いついたんだが・・・・・」
話を盛り上げようとした青山だが、話の着火が良すぎたのか、その後社長のアイデア話や自慢話を2時間にわたって聞くこととなった。
その夜、管理本部の暑気払いに行った青山は、経理課の木下に声をかけて、会場近くのバーに入った。今日の同行の話をしたかったのだ。青山はかわいいカクテルを、木下はバーボンの氷なしを注文した。
「今日、営業部の新人と取引先に行ったんですよ。発明好きな社長で、とても楽しかったです。やっぱり、たまには外に出るもんですね」
「青山さんが同行するのは、与信限度を絞らなきゃいけないといった難しい案件なのでは?」
「いや、今日はそんなシリアスな案件じゃなくて、新事業を始めて有利子負債が増えた先が
あったので、その投資のリスクを確認する程度でした。ついでに新人の新しい商談をサポート
できればと思っていたのですが、まあそんなこんなで、結局商談にはならず、商品の命名に
困ったとか、製造ライン作ったあとにデザインを変えたくなったとか、延々と苦労話を聞かされましたよ」
「そうなんですね。でも、私はセミナーくらいでしか出張しないので、そういう機会があるのはうらやましいです」
「そこでふと思ったんですが、なんで借入金じゃなくて社債を発行したのか?ということなんですよ。その場で社長に聞くタイミングを逃してしまって、木下さんの解説を聞いてすっきりして帰りたいなと思いまして」
「そういうことですか。じゃあこの一杯は青山さんの奢りということで、解説を引き受けましょう」
しょうがないなあ・・・という素振りをしながらも、木下は解説ネタが出てきてちょっとうれしそうである。
「社債は通常の借入金と仕組みが全く違いますが、有利子負債としての資金調達というなら同じですね」
「社債って発行できる条件が厳しいんですよね?」
「有価証券の発行、たとえば株式の発行とやり方は同じなので、株主総会や取締役会の決議で発行できます。ただし、買い手がいなければ、資金を調達できませんよね。だから、調達先の条件に叶うことが必要です」
「調達先って、社債の引受先ですよね。僕が審査している中小企業では、引受先は大抵銀行のような気がしますが、普通の借入と何が違うのか、いまひとつわからないんですよ」
「調達先は同じ銀行でも、直接金融と間接金融の違いがあります。直接金融である社債では、銀行の手元資金を借ります。間接金融である銀行借入は、預金者の預金を元に運用先として貸してもらうわけです。銀行側にとってはまったく違うわけですが、まあ借りる側からすれば同じかもしれませんね」
「社長は銀行から盾をもらって喜んでいましたけど、社債ってステータスになるんですか」
「銀行が引受人となる社債には、借りる側に教えてくれない『適債条件』があります。通常これは借入条件より厳しいので、銀行引受の社債発行は、その銀行に認められていることを示していると言ってよいでしょう」
「適債条件?安全性とか成長性とかですか」
「そうしたものもあると思いますが、金融機関によって異なります。銀行が直接金融で貸せる相手と認める条件ですね。今回の事例は、環境への取り組みのための資金使途であることも、条件だったのでしょう」
「なるほど。やはり、銀行が社債を引き受けるのが信用の証なのですね。とても重要とまでいかないものの、与信管理上着目すべきポイントですね。あ、木下さんのグラス、空っぽです。次は何をお飲みになりますか」
「それではウォッカのマティーニをステアせずシェイクで」
「木下さんの紅茶好きは知っていましたが、お酒も英国かぶれじゃないですか」
「社債は英語でBOND、ですからね。では、次は私の話を聞いていただきましょう」
青山が木下のレクチャーから解放されたのは、満月が高く昇った頃だった。

社債と私募債

資金調達の一手段として、企業が社債券(有価証券)を発行することです。中小企業でよく見られるのは「私募債」というもので、銀行がその社債の引受人となって資金調達するものです。
発行側にとっては、長期資金を調達できること、資金調達手段の多様化につながること、対外的なイメージアップにつながることがメリットとして挙げられます。中でもイメージアップを狙う発行会社は多いといえますが、これは私募債の発行条件(適債条件)が通常の銀行融資より審査が厳しいことが多く、私募債を発行できることが一定程度の優良企業というお墨付きを得たようなシグナリング効果を狙えるからです。
注意すべきは社債券の性質で、通常の銀行借入とは異なり、一度の延滞が即デフォルトにつながります。また有価証券発行のため、借入より支払う手数料が多くなります。

社債の与信判断

上記の通り社債は通常、借入より厳しい審査があるため、発行企業は返済能力が相対的に高いと見立てることができます。しかし優良企業でも社債を発行していないところがあったり、銀行引受でなく個人で引受けているケースもあったりするため、社債を発行しているという事実だけで優良と決めつけるのはやや早計です。ただ、エピソード中にもあった「環境配慮型」や「成長企業型」等、社債の審査条件+αのものもあることが多く、その企業の性質や取り組み、特徴を知る上でのひとつのポイントになるのは間違いありません。

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