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  • 「平均値」と比較指標 ~会計登山・リターンズ~

2019.06.20

[企業審査人シリーズvol.187]

連休前、経理課の木下宛に営業ルーキー・谷田から「木下さんの集中講義を受けたい」という趣旨のお願いメールが送られてきた。谷田がダイエットを継続していることも知っていた木下は、「私のメニューはスパルタですよ!」と、休日の登山に誘う返信をし、谷田はこれを快諾した。
 連休の中日の早朝、二人は秩父方面のとある駅で落ち合った。雲ひとつない青空に、都会では耳慣れない鳥の鳴き声がこだましている。
「谷田君、ここはちょうど2年前、審査課の青山さんを誘った登山コースと同じなんですよ」
「集中講義をやっていただく条件に登山が出てくるとは思いませんでした。登山はあまり自信がありませんが、私の父が登山を趣味としていたので、アドバイスをもらってきましたよ。後れをとらないように頑張ります!」
「じゃあさっそく、歩きながらご希望の財務分析のお悩みを聞きましょうか」
そうして駅から20分ほど歩くと、登山道の入り口に到着した。新緑の木々と川のせせらぎが心地よい。
「木下さん、私、最近迷っているんですよ。新規の営業開拓は中小企業が多くて、財務分析を見るとどこも業界平均値より見劣りしちゃうんです。それで、なかなか強気で攻められないんですよ」
「なるほど。他と比べて落ち込むことは、私もよくありますよ」と、趣味の登山でテンションが上がっているのか、木下がとぼけたように答えたが、谷田は真顔で続けた。
「そうです。まさにそんな心境なんですよ。個々に見ると、その会社の強みや魅力があると思うのですが、でも与信審査でストップがかかるんじゃないかと思うと、取引額の増額申請も弱気になっちゃうんです」
「谷田さん。失礼ですが、お金や金融資産はどのくらいお持ちですか?」
「ええ?働き始めたばかりで、からっきしですよ・・・。奨学金の返済もありますし、結婚資金も貯めたいし・・・」
「日本の1世帯当たりの金融資産保有額は約1,100万円らしいですよ」
「木下さん、ますます気が滅入ってきました。今日はやっぱり帰っていいですか?」
5月の強い紫外線のせいか、谷田の影が強いコントラストで路上に伸びている。
「谷田さん!大丈夫、心配無用です。この平均値にはカラクリがあって、結局は一部の億万長者が平均値を押し上げているだけなんです。世帯の中央値は400万円くらいだったはずです」
「ああ、それなら頑張れそうです!・・・そうか、財務分析でも中央値を意識した方がいいってことですか?」
「さすが、谷田さん。察しがいいですね。でも、話はそう簡単でもないのです。業界内の中央値は、把握が極めて困難です。どこが中央なのかは、対象とする企業の全データを持っていないと出せませんからね」
「それじゃあ使えませんね・・・」と谷田が再び肩を落とすので、木下が慰めるように言った。
「われわれには出せませんが、調査会社の財務分析を使うといいですよ。前に審査課の青山さんに見せてもらいましたが、決算書の分析指標の一つに『業界内ランク』というのがあって、これはその企業が全体の分布の中でどこに位置しているのかを示しています。AからEの5段階で表示されていたと記憶しています」
「なるほど、5段階なら、Cランクがだいたい中央値あたりに位置している、ということになるわけですね」
「そうです。分析値が平均より悪くても、業界内でCランクであれば、さほど悪くはないとの見方ができます」
そんな話をしながらも二人の足は勾配を登り続けている。急坂を越えて、早くも8合目近くにさしかかっているが、登山に慣れていないと言っていた谷田は弱音も吐かずに木下に付いてきている。
「谷田さん。ガッツがあるじゃないですか!2年前の青山さんは、この辺りでへばっていましたよ」
「そうですね、自分でも意外ですが、まだまだ大丈夫です。やはり営業で毎日歩き回っているのが効いているんでしょうか。それに、さきほどゴールが近いと聞いて、俄然やる気が湧いてきました!」
「ここは初心者向けの山ですが、県内のコースとしてはややきつめなんですよ」
「県内では、ですか…。県外には富士山とか日本アルプスとか、たくさん山がありますからね」
「これも先ほどの、平均の取り方にも通じる話かもしれませんね」
「そうか、業種やエリアをどうとるかで平均値が変わってきますものね」
「そうです。他にも、黒字企業だけで平均を算出するといった切り口もあります。財務分析の目的に応じて、最適なモノサシを選択する必要があるでしょう。さぁ、頂上が見えてきましたよ」
「ありがとうございます。ちょうど、頭の中の整理もついてきました」
「でも、気を抜かずに!ゴールの手前は急坂です。それに、財務分析で注意すべきことはまだありますよ」
「さすが木下さんのメニュー、厳しいですね・・・で、まだ注意すべき点とは何ですか?」
「まず、いずれの平均値も、あくまで過去の数値であることを忘れてはいけません。影響の大きな経済の急変があると、平均値が大きく変わってきます。前提となる為替相場や原油価格の動きが激しいときには、必ずしも過去の平均値が最適なモノサシになるとは限りません」
「それは私も考えたことがあります。例えばリーマンショック前後では平均値が変わってくるわけですね」
「そうです。もう一つの注意点ですが、その分析対象企業の兼業が分析値に及ぼしている影響も考慮しなきゃいけません。この意味は分かりますか?」
「わかります。先日調べたもので、建設関連の売上が60%、不動産売買の売上が40%の会社の数値が、業界の平均値と大きく乖離していました。最初の頃は乖離している理由がよくわかっていませんでしたが…」
「より深く分析するには、部門別やセグメント別の数値が必要になります。さあ、山頂に着きました!」
「ここが山頂ですね!登山も財務分析も近道なし、ですか。木下さん、今日はありがとうございました!」
「谷田さん、お礼を言うのは早いですよ。登山道は下り、つまりこれからがキツいんです」
木下の言ったように、谷田は下りで体力の消耗を感じ始め、ふたりは登りよりも長時間をかけて下山した。
「あらら、登りは快調でしたが、結局登りと下りの平均タイムは青山さんと同じになっちゃいましたね」
「いや、私はもう平均値より中央値ですから」と、疲労困憊の谷田の返事はもはや意味不明なのであった。

いろんな平均値

何度かこのコラムでもご紹介したTDB発行の「全国企業財務分析統計」では、以下のような区分で平均値を提供しています。会話にもあったように、最適なモノサシを用いることを意識し、財務分析のレベルアップを目指してはいかがでしょうか。
◆大分類・中分類における、資本区分別平均
  総平均 / 1億円未満 / 1億円以上~10億円未満
 10億円以上~100億円未満 / 100億円以上
◆小分類における、収益性・財務健全性を考慮した平均
 全企業 / 黒字企業(経常利益率、自己資本比率ともにプラス)
◆建設・製造・卸売は都道府県別かつ、全企業・黒字企業別に掲載

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