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2019.12.19

[企業審査人シリーズvol.200]


その日の午後、ウッドワーク社の審査課のメンバーが月例の課会を行っていた。この日のメインテーマは、これから迎える9月決算の取引先や3月中間決算の審査についての役割・スケジュールの確認である。企業の決算期は上場企業になると2/3が3月決算だが、未上場企業でも1/4が3月決算だと、青山は調査会社の横田に聞いたことがある。ウッドワーク社は得意先の多くが建設業者だが、やはり得意先の1/3程度が3月決算である。取引高や得意先の信用状態によって定期審査の頻度を区分しているウッドワーク社の審査課では、3月決算の得意先のうち1/3程度について、中間決算に基づいて与信グレードを見直すことになる。
ひととおりその話が終わった後に、課長の中谷がコピーをメンバーに配付した。調査会社のレポート記事のコピーだ。中谷が月に1回程度、調査会社の横田と情報交換のために面談しているが、そのときにもらったものだろう。時折こうしてメンバーにコピーを配付しながら、話をすることがある。
「今月は、全国・後継者不在企業動向調査、2019。後継者問題のレポートじゃな」
最初にコピーを受け取ったベテランの水田がタイトルを読み上げた。
「そうです。後継者問題は倒産や廃業にもつながるテーマなので、改めて確認しておこうと思って」
「そういえば先日テレビで廃業をとりあげた番組をやっておったな。横田さんの会社の人も出ていたが」
「水田さんも見たんですね、私も見ました。休廃業予測モデルがとりあげられていましたね」と続いたのは、青山の先輩・秋庭である。公私にわたりメディア系に強い秋庭は、この手のことで知らないことはない。
「でも廃業って、倒産と違って取引先に迷惑をかけずに商売をたたむことですよね?」
審査で日々倒産の予兆を探る青山にとって、焦げ付きリスクのない「廃業」はまだあまりピンと来ないようだ。
「私も感覚的にはそうだったんだけど、水田さんや秋庭君も見た番組を見て、認識を新たにしたのよ。廃業は焦げ付きが発生しないという意味では確かに倒産とは違うけど、商流がなくなってしまうという意味では倒産と同じインパクトがあるのよ。つまり、これまでの取引の代金は回収できるけど、これからの取引、つまり売上がなくなるという意味では、倒産と同じ影響があるのよ」
「それに、廃業によってその会社がなくなると、地域経済にもダメージが大きいということを番組は伝えていましたね。スーパーマーケットの廃業がとりあげられていましたが、その1社が廃業することで地元の製造業者や卸業者が販路を失い、地域全体の地盤沈下につながるんですよね」と、中谷に秋庭が続いた。
「なるほど、確かにお客さんを失うという意味では、営業担当にとっては得意先の倒産も廃業も同じですね」
 青山が腑に落ちた顔をして、ベテランの水田がウムウムとうなずいた。
「営業部出身の青山君もすっかり審査目線になった、ということじゃな」
「さて、その廃業や倒産につながりかねない後継者問題の方じゃが、後継者不在率が2年連続で低下傾向・・・これは良い結果じゃな」
「60歳代ではじめて5割を下回ったとありますが、50歳代でも不在率が下がっていますから、やはり経営者が早めに手を打っているということでしょうか」と、青山が水田に続いた。
「ただ、2年連続で不在率が下がったのは関東と中部だけ、四国と九州は4年連続、東北は3年連続で上がっています。地方ではまだまだ大きな課題ということですね」と続けたのは秋庭である。
「そうね。そもそもの不在率も地域によって随分違うわね。四国は50%台だけど北海道は70%を超えているし。産地とか、中小の製造業が多い地域ではやっぱり後継者を確保しづらいのかもしれないわね」
「都道府県別では沖縄県がもっとも高くて、和歌山県が最低。鳥取、山口、広島、島根が上位10県に入っているとありますね。地域の産業構造やコミュニティの性質によっても違ってくるようですね」
中谷のコメントに、秋庭が資料を見ながらうなずいた。今日はなかなかの相づち上手である。
「事業承継の中では、同族継承が減って内部昇格が増えているとありますね。息子が継いでくれればよかったけど、継いでくれないから社内で後継者をみつけて事業を譲る、という社長もいるのでしょうね」
「そうじゃな。今は流動性が高い時代じゃから、親の職業を継がない子も増えているのかもしれんな」
「僕なんか、親父がサラリーマンだったので、継ぐべき仕事がある自営業の子が少しうらやましかったですけどね」と、青山が学生時代を思い出しながら言った。
「少子化も影響しているのでしょうね。親の代のように兄弟がたくさんいれば、誰かが継ぐということもあるんでしょうが、今はそうした選択肢も少なくなっているように思えます」
「秋庭君の言うとおりじゃろう。この、配偶者や子供を後継者とする比率は高くなっておるのに、親族を後継者とする比率が減っている、というのも、昔のように兄弟で同じ商売をするようなケースが減っているからじゃろう。核家族が増えて、親族という広い結びつきが弱まっているのかもしれん」
「後継者の有無は審査でもチェックしているけど、仮に倒産しないような会社でも、後継者がいない会社については営業担当者にヒアリングしてもらいましょうね。経営者も悩んでいるでしょうし、何か役に立てることもあるかもしれないしね。こういうデータも継続的にチェックしていきましょう」と、課長の中谷がまとめに入った。
「わしは無事に事業承継ができて良かったわい。女性の審査課長というのが初めてじゃったから、少し迷いはしたが、中谷君がしっかり継いでくれて、心配せんでもよかったよ」
「今は業種を問わず家業を継ぐ女性がいる時代です!私も審査課長は女性に継ぎたいと思っています」
中谷の突然の事業承継計画発表に、審査課男性の秋庭と青山が眉間に皺を寄せ、顔を見合わせた。
 「何よ、冗談よ、冗談。仕事に男も女もないわよ。第一、私に後継指名権もないしね・・・」
 「中谷君、余計なお家騒動を起こすんじゃない。まあまあ、せんべいでも食べて落ち着きなさい」
 ”任命責任”なのか水田が和解を試みたが、男性2名は乾いた笑いを返すだけであった。審査課、危うし。

後継者不在企業動向調査

さきにこのコラムで「休廃業」を取り上げたばかりですが、TDBでは11月15日に後継者不在企業に関する調査結果をリリースしました。後継者問題や事業承継が社会問題として扱われる中、「後継者不在企業」は全体としては減少していますが、地域差がかなり大きく、とくに地方では依然として重い問題であることがわかります。負債を清算する「廃業」は与信管理の観点からは問題ないように見えますが、そこで商流が消滅し、川上にある業者の売上が減るという形で、関係者への影響はやはり大きいものになります。後継者不在のままズルズルと活力を失い、業績が悪化して倒産に至る企業も少なくなりません。「後継者」は与信管理においてもチェックしておきたいポイントと言えます。
NHKスペシャル「大廃業時代」 https://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20191006
全国・後継者不在企業動向調査 http://www.tdb.co.jp/report/watching/press/p191104.html
休廃業予測モデル https://www.tdb.co.jp/lineup/QP/index.html

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