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  • 167:振り出しに戻れ! ~為替手形の話~
与信管理 

2018.08.24

「天ぷら定食3つで3,000円です。またのお越しをお待ちしております!」
残暑が残る青空の下、審査課長の中谷と青山が満足そうに店から出た。支払いを済ませ遅れて出てきた経理課の木下と合流し、3人は会社へ戻るべく歩き始めた。
「初めて来ましたが、おいしかったですね」
「近くにこんなところがあったとは知らなかったわ。もっとアンテナを高くしないといけないわね」
最近まで農業一筋だった店主による種々の取れたて野菜の天ぷらが盛られたその定食は、繊細な味を求める木下を
うならせ、食べ盛りの青山を満足させるボリュームだった。すべてのこだわりを審査に集中しているかのように、
食べ物なら何でも良いという中谷も、満足げな顔をしている。
「でも、テーブル毎の精算とは思いませんでしたね。まとめて払ってもらってありがとうございます、木下さん」
「いえいえ、昨日の臨時収入があって、たくさん入っていたからよかったです」
プライベートには謎が多い木下の臨時収入とは何か?と青山が突っ込む間もなく、中谷が口を開いた。
「木下君、私のは今払うとして・・・青山君、そういえば昨日の昼飯も精算終わってなかったわね。確か財布を通勤バッグに入れたままとかで私が支払った件よ。わかってる?」
「ああ!すみません、課長。ついうっかり・・・1,000円でしたね。今払います」
「たかが昼飯と思わないことよ。食べ物の恨みは恐ろしいのだから。ん?そういえば昨日と今日の昼食代がピッタリ同じね。それじゃあ青山君は私へ返す分の1,000円を木下さんへ払って、それでチャラにしましょう」
「わかりました。それでは木下さん、私と課長分とあわせて2,000円です」
そういって青山が手渡そうとすると、木下は何かを思い出したような顔をしている。
「どうしました。木下さんへまだ借金していましたっけ?」
「いや、今回と同じようなことが商習慣でもあるんですよ」
そこで木下がおもむろにズボンのポケットから黒革の手帳を取り出した。
「全く同じ取引とは言いませんが、為替手形を思い出しました。為替手形を発行する振出人を中谷課長、支払人である名宛人を青山君、受取人である指図人を私とします。この手形を課長が振り出すと、課長自身資金の移動なく、支払いと受け取りを青山さんと私でやっておいてくれるようにすることができるのです」
そう言って手帳に青山、中谷、木下の3人の名前を順に書き、矢印で結ぶ。歩きながら器用に書く木下を感心すべきところだが、中谷と青山は話に引き寄せられるように手帳を両脇から覗き込んだ。
「今回の場合、課長を中心に見ると、青山さん宛の債権があって、私宛の債務がある状況ですね」
「そうですね。それが同額だったから、木下さんへ直接僕・青山が課長分をお支払いすることになりましたが、なるほど、なかなか便利な取引ですね」
「そうなんですが、為替手形は今ではメジャーな決済方法ではないんですよ。為替手形の歴史は、今のようにオンラインで資金移動ができるずっと前の、決済手段が乏しかった時代にさかのぼります。実際資金移動する名宛人と指図人が物理的に近く、振出人がその二者より遠隔地にいる場合に、無駄な資金移動をせず決済ができるという手段として、為替手形が生まれました」
「今みたいにネットバンキングが発達すると、物理的距離って関係ないですものね」
「今は実務上、国内ほど速度がない貿易取引等の決済で使われることが多いですね」
夏本番を感じさせる太陽が照りつけ、中谷が「おいしかったけど、オフィスから遠いわね」とひとりぼやくそばで、木下、青山の白熱した会計談義は続いた。
「資金の流れはわかりましたけど、為替手形というのは普通の手形と何が違うんでしたっけ?」
「さっきの例のとおり、為替手形は、発行する人、債務者、債権者を別人にできることが最大の特徴です」
木下がそう言い終わると突然、手帳に顔を寄せ合う二人の間から中谷が顔を出した。
「これが約束手形と違うのは、発行者=債権者じゃない点よ」
「びっくりしましたよ、課長。後ろからちゃちゃを入れないでください」
「あら、青山、あなたは私に指図する気なのかしら?」
「ああ、課長、惜しいです。今回の指図人は私、木下です」
「木下さんもわけわからないこと言わないの。私はちゃちゃを入れないように、先に戻るわ」
そう言って足早に去っていく中谷の後ろ姿を見ながら、青山が少し心配そうな顔をした。
「やばいなあ、課長の機嫌を損ねちゃいましたかねぇ。ほとぼりが冷めるまで経理課に避難させてください」
「なにをいっているんですか、青山さん。かくまっても結局、青山さんは審査課に行くはずです」
「なんでですか?!」
「さっきは言いませんでしたが、先週金曜日の飲み代も未精算ですよ?中谷課長のところに行って、また為替手形を振り出してもらってください。すごろくでも『振り出しに戻る』なんて言いますね、はっはっは」
「でも木下さん、為替手形は振出人と名宛人は物理的に離れていないと使用価値が生まれませんよ」
「青山さん、そもそも飲み代を代わりにまとめて払うような貸しが、まだ中谷課長にあるんですか?」
「今のところ未精算のものは・・・ありませんね。そうか、為替手形取引が成立しませんね」
「まぁ、かくまってあげたくても経理課の席に空きもないですし、諦めて自分のシマに戻ってください。暑いので、気持ちがひんやりするくらいがちょうど良いでしょう」
わけのわからない理屈に言いくるめられた青山は、腹をくくって午後の業務に臨むのであった。

為替手形

為替手形とは、振出人(手形作成者)が名宛人(支払人)に対して、一定期日に一定金額を指図人(受取人)に支払うことを委託した証券のことをさします。つまり指図人は手形債権が生じ、名宛人は手形債務が生じます。一方振出人は手形の債権・債務は生じず、既存の売掛金と買掛金が相殺されます。参考までに物語中の3人の仕訳を、為替手形の決済に置き換えた想定を紹介します。
振出人(中谷) 買掛金 ×××  / 売掛金 ××× :振出人は既存の債権債務を消し合います。
名宛人(青山) 買掛金 ×××  / 支払手形××× :約束手形の振出に類似したものとなります。
指図人(木下) 受取手形×××  / 売掛金 ××× :約束手形の受取に類似したものとなります。

特殊な為替手形

実は為替手形には必ずしも3人の登場人物が必要というわけではありません。振出人=名宛人とする自己宛為替手形は、為替手形の形式をとりつつ通常の支払手形と同じ内容となります。また振出人=指図人とする自己受為替手形は、振出人が受取手形を引き受けたことと同じ内容となります。

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