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2018.09.19

[企業審査人シリーズvol.169]

残暑が続くある日、審査課の青山はウッドワーク社の主要得意先であるオオカベ建設社の営業担当から、大きな現場が竣工したとの連絡を受けた。この現場で未成工事支出金が異常に膨らんだため、先日の与信限度更新の際にそのことで会話をしていたのを、営業担当者が覚えていたのだった。
少々奇抜なデザインが業界でも話題になったその建造物は、ウッドワーク社から電車でさほどかからない神保町にある。建築好きであることが判明した経理課の木下を誘って、終業後に見に行くことにした。自社の新建材が外装デザインに用いられた建物に感銘を受けた2人は、帰りにカレーの某名店に足を運んだ。
「営業部にいた頃は、神保町にはよく来ましたが、このお店はカレー好きである僕の一押しの名店です!」
カレーを待つ青山の前に、2つのじゃがいもが運ばれてきた。
「私もたまに来ますが、このお店は初めてです。なぜ蒸かしたじゃがいもが先に出るんですか?」
「理由は知りませんが、変わらない伝統というか、お約束のようなものですよ。カレーにじゃがいもを入れる派・入れない派がいるので、折衷案みたいなものかもしれませんね。そうそう、そういえばこの前、従来販管費に計上していた労務費を、原価計上に切り替えたという中小企業の決算書がありました。科目によって原価に入れる派・入れない派が分かれていては、同業他社間の比較が難しくなっちゃいますよね」
 すべての話題が会計へと通ず。この2人は「会計の話題を絶対入れる派」である。
「原価科目は厳密に定められているわけではなく、原価と販管費の計上区分は業界慣習などに照らして行われます。言ってしまえば、最終的にはその企業に処理が委ねられます。こればっかりは仕方ないですね」
「販管費に計上していたものを原価科目に変える動機は何なのでしょうか?」
「社内体制の変更にあわせ原価計算を見直したり、任せている会計事務所を変更して税理士のアドバイスに応じて、より適切な粗利算定のために計上科目を見直したり、といったことは中小企業ではよくある話です」
「そうなんですか・・・。税務上も計上区分に決まりはないんですか?」
「税務上は、発生した経費を原価と販管費のいずれに計上したかは関係なく、取引の性質毎に損金算入・不算入を判断します。もし粗利の違いによって税額が変わってしまうと、公平性が保たれませんからね」
「確かに。そもそもサービス業などで原価明細をつくらない会社もありますしね」
「明確に売上獲得との結びつきが把握できない業態では、原価と販管費といった区分けよりも、部門やエリアなどによるセグメント別の経営成績を重視するケースもあるでしょう。原価計算もセグメント別の計算書も、管理会計の範疇となりますし、会社によって取り組み方は様々です」
そう言いながら、じゃがいもを入れる派でもある木下は、手元で器用にじゃがいもの皮を剥いている。
「ただ、企業審査の場合は、そのあたりの計上のブレが比較の邪魔をすることがあります」
「粗利益率が同業他社平均と大きく異なるときは、ビジネスモデルを確認して特殊な原価構造になっていないか各
原価科目をチェックしたり、本業以外の部門による影響ではないか確認したり、といったことが必要ですね。確かに少し面倒ではありますが」
「先ほどのように販管費科目を原価への計上に変えた場合、何か気をつけるべきことがありますか?」
「販管費に計上していた労務費を原価に切り替えたというケースですので、より厳密な原価計算を心がけるようになったと想定できます。以前に比べて粗利率が業界平均に近づいているかどうかや、労務費以外の原価科目の動向もチェックして実態を把握する必要がありますね」
木下がじゃがいもの皮を剥き終わったところで、辛さ10倍のチキンカレーが運ばれてきた。一方、じゃがバターを食べきって手持ち無沙汰になっていた「入れない派」の青山のもとへ、大盛ビーフカレーが到着した。先日の健康指導の甲斐もなく、今日も脂肪資産が増えそうである。
「せっかくなので、原価科目を別の科目に振り替えるときなどに使う『他勘定振替』も説明しましょうか」
カレーにじゃがいもを投入し、スプーンでほぐしながら木下が話した。
「その科目、たまに見かけますね。たいした金額じゃないことが多いので、あまり気にしていませんでした」
「確かに、よくお目にかかる科目ではありませんが、例えば仕入れた商品のうち、一部を見本品として提供し、本来の原価とは区分する意味で販管費に振り替えるケースがあります。具体的な仕訳としては、原価からは他勘定振替としてマイナスし、その分を販管費の広告宣伝費とします」
「原価内に見本品費として計上するんじゃないんですか?」
「そのように、あくまで原価内で科目を分けて管理している会社もあります。見本品の性質を、その会社がどのように見ているかによりますね」
「なるほど。では、多額の他勘定振替が発生するケースもあるんですか?」
「例えば大雨や火災などで倉庫が被災し、多額の商品を廃棄することに伴って、特別損失に振り分けるケースもあります。これらは、経常的に発生するものか、または、特異な事情によって多額に発生したものかといった判断基準で、重要性の度合いに照らして取引毎に判断します。他勘定振替に限らず、原価明細は特にその会社のビジネスモデルや粗利に対する捉え方が出てきます」
「なるほど。粗利ひとつ取っても、適正さや厳密性を追求するいろんな背景があるわけですねぇ」
「その通り!だからこそ、原価や粗利は継続的なチェックが重要なんです。ところで青山さん、また大盛りにしていますが、ダイエットは継続しているんですか?」と、食後のチャイを飲みながら木下がきいた。
「いやいや、この夏は暑かったので、運動をすると熱中症になりますからね。涼しくなったら再開します!」
「青山さんの場合、減らす取り組みの前に増やすのを止める取り組みが必要ですね・・・」
そういう間にじゃがいものおかわりを頼む青山を見ながら、木下は「やれやれ」と呆れた顔をした。

業種による原価明細の違い

業種に応じて計上される原価科目は大きく異なるほか、原価明細に対する呼称も異なることがあります。例えば、製造業では「製造原価報告書」、建設業では「工事原価報告書」、運送業では「運送原価報告書」など様々です。また、同業他社平均などから粗利率が大きく乖離するケースにおいては、極力原価科目をチェックし、その会社のビジネスモデルとともに原価構造の特徴を把握したいところです。なお、原価計算に対する共通認識を広める働きかけを行っている業界もあります。一例として、公益社団法人全日本トラック協会では会員向けに「原価計算シート」を提供しているほか、「運送原価.com」の運営等に取り組んでいます。

他勘定振替高

他勘定振替高とは、販売以外の理由によって商品が減少した場合に原価から販管費へ振り替える際などに用いられる科目です。しかし、その科目名のみでは、どのような事由に基づき、何の科目へ振り替えられたのかまでは把握できません。また、当該科目を用いずに、原価科目を直接減じて他の科目に振り替える処理が行われることも想定されますので、原価及び粗利率の動向は経年推移を追うように心がけましょう。

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