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  • 企業の業歴の話 ~青山か、水田か~

2019.05.09

[企業審査人シリーズvol.184] 

今年もウッドワーク社には20数名の新卒社員が入社した。「まずは現場を」という会社の方針で、今年もその大半が営業部に配属された。そしてその研修の一部として「与信管理」「決算書」の講座があり、昨年に続いて審査課の青山が講師を務めることになった。昨年は各論となる「決算書」の講座のみを担当したが、今年は昨年まで課長の中谷が行ってきた「与信管理」の講座も任されることになった。青山の話し方が親しみやすく昨年の新入社員には好評だった、ということもあるが、審査課の中では元祖インドアの秋庭は小声で早口、ベテランの水田は達観しすぎて話が大ざっぱになりがち、ということで、他に講師の選択肢がない、という事情もあり、「審査課から講師といえば青山」という図式が確立しつつある。
 その青山が無事「与信管理」の講座を終えて職場に戻ってきたが、席に着くなり「いやあ、まいりました」と苦笑いを浮かべている。
「お疲れ様!と言おうと思っていたのに、何がまいったのよ」と、課長の中谷がすぐに突っ込んだ。
「いやあ、新入社員のひとりが、新しい会社と老舗とではどっちのリスクが高いんでしょうか、と聞くんですよ」
「それで、何と答えたの?」
「それは一概には言えない、出来たばかりで実績がない会社ならリスクも高くなるが、5年目の会社と30年目の会社のどちらのリスクが高いかは一概には言えない、というようなことを答えました」
「まあ、ざっくり言えばそれでいいんじゃないの。別にまいることはないでしょう」
「いや、実務的な話をしてきたところで、急にそもそも、みたいな大きなことを聞かれて、あんまりすっきりした答えができなかったなあ、と、ちょっと気持ち悪いんですよね」
「そんなにスッキリ答えが出るんだったら、大の大人が4人も揃って毎日審査に格闘しなくていいわよ」
「でも、なかなか奥が深い質問ですよね。僕は業歴をわりと重視していますよ。最近もそう思わされることを経験しましたし・・・」と、話を聞いていた秋庭が会話に加わった。
「あら、何があったのよ」と課長の中谷が乗り出すと、「甥っ子の話なんですけど」と秋庭が話を始めた。
  秋庭によれば、甥にあたる男の子が3年前、サッカーの少年クラブチームに入部する先を迷っていたのだという。ひとつは20年の歴史があるチーム、もうひとつは1年前に立ち上げたばかりの新しいチーム。前者はオーソドックスなクラブチームで、さほど強くはないが所属人数が安定し、地区大会では常に上位に入る成績を残していた。後者は元プロによる体系的な指導や親の負担の少なさなど、従来にないチーム運営を標榜していた。甥っ子は迷った末に新しいチームへの入部を希望し、親である秋庭の兄も、新チームが標榜する魅力に誘われて息子を預けることにしたのだった。
 「それって、秋庭君にも相談があったわけ?」と、ここで中谷が口を挟んだ。
 「ええ、たまたま兄貴に借りていたCDを返しに行ったときに、そんな話をされて・・・」
 「それで秋庭審査員は何かアドバイスをしたの?」
 「はい。実績がないチームというのはそれなりのリスクがあるとは思いましたが、何せそれだけで他の魅力を切り捨てろと言うほどの判断材料は私も持っていないので、とくに反対意見も出しませんでした」
しかし、その新しいチームは稼働一年後に指導陣の内紛が起きてスタッフが減少、当初標榜していた「新しい試み」は大半が実現に至らなかった。そのため一部の部員が早々に退部し、部費も当初の目論見通り集まらず、計画していた投資もできないという悪循環になった。秋庭の甥っ子は小学校卒業まであと1年ということもあって残留したが、当初期待した状態とはほど遠いと、秋庭は兄の愚痴を聞かされているらしい。
 「なるほど、それで業歴は大切だ、というわけですね」と、日頃から野球贔屓でサッカーをライバル視している青山も、腕を組んでしみじみとうなずいた。
 「まあ、立ち上げたばかりのチームでも、いろんな問題を克服してうまく進んでいるチームはあるわけだし、業歴の問題だけじゃないんだけどね」と、秋庭がちょっと自嘲気味に言うと、中谷が同意を示した。
 「そうね。ただ、何か新しいことを始めると、想定外の問題や課題が出てくるのが常で、それを解決したり乗り越えたりしながらやってきた、という意味では、会社の業歴や経営者の経営経験というのは、やはり一目置くべき価値があるわよね」
 「そうじゃ。最近も不動産や太陽光の関係で、設立数年で倒れていく会社をよく目にするのう。創業後の拡大期から一度ペースが鈍ると、そこで歯車が狂って潰れてしまう、という会社も多いようじゃ。うまくいくときは誰がやってもうまくいく。うまくいかなくなったときにどうするか、がその会社の真価かもしれんな」
 深くうなずきながら「今日の格言」をのたまったのは、審査課で一番年季が入った水田である。
 「投資話も会社設立も、最初の“目論見”は所詮“目論見”でしかないから、それに乗るかどうかは“賭け”だし、当然リスクが大きいわよね。だから失敗しても、もともと“賭け”だったんだから本来仕方がない。失敗話には目論見をした側にもいろいろ問題があるケースが多いから、騙されたとか、どうしてくれるんだとかいう話になりがちだけど、半分は賭けをした自分の責任なのよね」と中谷が続くと、青山がスッキリした顔をした。
 「起業や若い経営者の挑戦は、社会の活力という面ではとても大切なことだと思いますけど、企業の価値という面では、風雪を乗り越えてきたということにそれなりの価値がある、ということですね」
 「そうじゃ、わしも老舗のように風雪を乗り越えてきたんじゃから、せいぜい大事に扱ってくれよ」
 「ベテランの水田さんは大事にしているつもりですが、若者代表の僕も頑張らなきゃいけませんね」
 「何だか私がモヤモヤしてきたわ。青山に賭けるべきか、水田さんに頼るべきか、私の悩みは尽きないわね・・・」
 そう言いながら、勝手に話を終えて自分の席に戻る中谷の背中を、青山と水田が同じような顔をして見ていたのだった。(恨めし、恨めし。)

企業の業歴

企業にも「老若」があり、与信管理上これをどう扱うかについては会社毎のスタンスが反映されます。変化が大きい時代においては、ともすれば新しいものに注目が集まりがちですが、企業にもライフサイクルがあります。創業期から安定期に移行できずに消えていく企業があることを考えると、与信管理の立場では企業の業歴に一定の評価を与えるのが一般的です。TDBの評点でも「業歴」を評点要素の筆頭に置いています。
TDBのCOSMOS2では業歴20年以上の企業が全体の75%弱ありますが、30年以上になると60%、50年以上の企業になると30%を割り、100年以上の企業になると3万社強、わずか2%程度まで減ります。
ただ、業歴の長さが企業の文化や知恵として根付いているかは、別の問題とも言えます。経営者の交代、資本系列の変更などの要素があります。業歴のある企業には、経営者や幹部社員に「過去の危機をどう乗り越えてきたか」を聞くと、その企業を「より信じられる何か」が見えてくるかもしれません。

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