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  • 異常値への対処 ~若手営業パーソン達の勉強会~

2020.11.25

[企業審査人シリーズvol.227]


冷たい北風が晩秋から初冬への季節の移ろいを思わせる、ある日の夕方。ウッドワーク社の経理課・木下を講師に、営業部の若手メンバー数名がオンライン・レクチャーに参加していた。今回の発起人は、若手のリーダー格にあたる石崎だ。
「木下さん、お忙しいところ快諾していただき、ありがとうございます。いつもは八木田さんが企画するのですが、今日は僕がお願いしました。若手メンバーを集めていますので、基本的な財務分析の見方を改めておさらいする時間になれば幸いです」
司会を務める石崎は、いつになく緊張している様子だ。在宅勤務で自宅から接続しているが、ネクタイにスーツ姿ゆえ、画面からも堅さが伝わってくる。マジメなのだ。
「ノープロブレムですよ。八木田さん風ですけど」と、木下はそうした堅い雰囲気を崩すために、あえて八木田のマネをして見せた。キャラの雰囲気が違いすぎて、似ているかと言われると微妙な出来だったが、若手から画面越しに笑い声が起きて、石崎もようやく笑顔になった。
「ありがとうございます!それでは早速、本日のテーマですが、これから企業の業績が落ち込んで、財務分析値が極端に悪い会社に遭遇するケースも出てくるんじゃないかと思います。そういったとき、どのように見れば良いのか、基本的な心構えというか、考え方を教えてもらえますか?」
「とくに取引拡大を持ちかけて良いのか迷われることがあるでしょうね。財務分析の肝はライバル企業や業界平均などと比較することですが、この平均値というのは過去の集計値である、というのが大前提です」
「そうですね。言ってしまえば、今より良い経済状況のときの平均値を見ていることになるわけですね」
「では、このような場合はどうすればよいでしょうか?早速、谷田君に聞いてみましょう」
木下の唐突な質問を受けた谷田が、あわてた顔をしながらマイクのミュートを解除した。
「は・・・はい。私なら、リーマンショック時や東日本大震災があった翌年の平均値を参照します。理由としては、同じように経済環境が悪いときの集計値だからです」
「谷田さん、ありがとうございます。それもひとつのアイデアでしょう。もちろん環境がまったく同じわけではありませんが、そのときはどこまで平均が落ち込んだのか、という観点でヒントになると思います。」
谷田はほっとした様子でマイクを切り、石崎が引き継ぐようにマイクをオンにした。
「こういうときこそ、改めて先入観を疑わないといけませんね。われわれも3月決算まではあまりコロナの影響が財務諸表に反映されていませんでしたが、これから目にする決算書には影響が出てくると思っています」
「その通り。今後は今まで見たことのないような数値を目にすることもあるでしょう。では谷田君、コロナ禍において財務分析値にどのような変化が出てくると想定されますか?」
一度当てられたから大丈夫だろうと油断して缶コーヒーを飲んでいた谷田が吹き出しそうになる様子が映し出され、参加メンバーが笑いで吹き出しそうな顔をしている。
「そ、そうですね。緊急融資を受けていれば、借入金の月商倍率がすごく大きくなる可能性があります」
「半分正解!分子となる借入金が増えるのはもちろんですが、売上が減少して月商が小さくなると、これが分母になっている売上債権回転期間や棚卸資産回転期間なども大きく変動する可能性があります。分子が増えたのか、分母が減ったのかの見極めが必要になります」
「では、木下さん。財務上悪くなっていたら、通常通り取引を慎重に判断したほうがよいのでしょうか?それとも一過性のものとしてあまり気にしなくてもよいのでしょうか」
司会の石崎が仕切り直した。
「保守的に考えれば、慎重に取引額を見直した方が良いかもしれません。ただ、重要なポイントは資金繰りへの影響はどうか、ということです。できればキャッシュフローの観点で状況を把握したいですね」
「損益は赤字で利益率が悪くても、営業CFやフリーCFがきちんと獲得できているか、ということですね。営業CFがマイナスであれば、どのようにカバーしているのか、つまり資産を切り売りしているのなら投資CFがプラス、借入で賄っていれば財務CFがプラスになっている、といった点を確認する、ということでしょうか」
「さすが石崎さん、CFの見方はバッチリですね。付け加えると、借金の返済が進んでいれば財務CFはマイナスになりますが、急激に多額のマイナスが計上されていれば、債権者が回収を急いでいる可能性も視野に入れるべきでしょう。資金ショートのリスクに関連するポイントとしては、現預金の手持ち日数や、先ほど谷田さんが挙げた有利子負債月商倍率もやはり見逃せません」
すでに個別に木下のレクチャーを受けている石崎や谷田との「中級者」的なやりとりに、他の若手はやや引き気味だったが、その後に木下が個別に指しながら疑問点を丁寧にすくい上げ、全員参加の勉強会になった。
「すいません。谷田です。最後にもう一つだけ質問させてください・・・。以前、木下さんに売上債権回転期間や棚卸資産回転期間の異常値は粉飾リスクに注意すべし、という話をもらいましたが、他に見落とさないように注意をすべき異常値はありますでしょうか?」
「では、回収リスク債権に対する純資産倍率を紹介しておきましょう。一口に、回収リスク債権を定義するのは難しいですが、破産更生債権といったものはもちろん、私は貸付金や繰延資産を独自に組み込んでいます。これが1倍以上、つまり回収リスク債権の方が大きければ、実質債務超過が疑われます」
「なるほど。自己資本比率が見かけ倒しではないか、というチェックですね。仮払金とか、科目名だけで中身がわからない資産を入れても良いかもしれないですね。自分で計算しなくちゃいけませんが・・・」
画面の中で司会の石崎がメモをとっているのを見ながら、木下がまとめのコメントをした。
「繰り返しになりますが、異常値が出ているから危険だと決めつけるのは早計で、その背景を探ることが重要です。こういう時期ですから、取引先との日頃の信頼関係によっても対応が変わります。困ったときは審査課の青山さんに相談すると良いでしょう。今日はここらで終わりましょうか。石崎さん、締めをお願いします」
「木下さん、ありがとうございました。取引先の変調を見落とさぬよう、アンテナを立てることが重要です。もちろん、自身の変調にも注意して、体温が異常値を示した場合は躊躇なく危険と決めつけて休みましょう!」
マジメな石崎のやや弱いオチで、今回のオンライン・レクチャーはお開きとなった。

業界内ランクの活用

今回は、過去のコラムで紹介してきた内容をまとめ、初心者向けに財務分析の基礎を取り上げました。平均値からどの程度離れていたら異常値と見なすべきかについては多くの論点があり、業界によって分析値に対する見方が変わってきます。TDBでは決算書の分析に「業界内ランク」を付与しています。これは、その企業が全体の分布の中でどこに位置しているのかを、AからEの5段階で表示したものです。とくにEランクが続いているようなケースでは、その背景や要因をしっかり把握する必要があります。ご活用ください。

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