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  • 自己株式の話 ~「仮の姿」か?~

2019.02.21

[企業審査人シリーズvol.179]

寒さが続き、しとしとと冷たい雨が降る夜、審査課の青山と経理課の木下は下町の焼鳥屋にいた。お手頃価格の人気店で、この店の名物であるシロコロや、甘辛のタレがおいしいカルビやレバーを、ビールとともに流し込んでいる。しかし店を新規開拓しても、結局このふたりの話題は今宵も鉄板「決算書絡み」である。
「そういえば、今日の審査で決算書を見ていたら、純資産の部に多額の自己株式が計上されていたんですよ。自己株式自体はちょくちょく見るのですが、今日の会社は自社が二番目の持株数でした」
最近とうとうダイエットを口にしなくなった青山が、追加の豚串を注文した後、木下に聞いた。
「自己株式ですか、なかなかハイレベルな論点ですね」
木下が、好物の串が出てきたときと同じ反応をした。おいしい食べ物と決算書の話題にご満悦の木下も、串に伸ばす手が止まらないが、青山との最大の違いは、体質的に食べても太らないことである。
「自己株式がどのようなものかは、だいたい理解しているつもりなのですが。自社が発行した株式を自社が取得するということで、“金庫株”とも呼ばれていますよね」
「そうです。結果的に減資と同じような結果になることから、純資産の部にマイナス計上することになります。この自己株式は平成13年の商法改正以前、取得が原則禁止されていました。その理由はわかりますか?」
「あまり思い当たりませんが、おそらく上場企業の資本政策に絡むような話ですよね?」
青山が曖昧な返しをしたが、木下はいつもどおり飲んでも飲まれず、明瞭に回答を示した。
「まあ、そうとも言えます。自己株式の取得では資本金の払い戻しと同じことが起こるので、債権者は不安になります。株主間での不平等が起きたり、会社支配における力関係が変わったり、といった影響も出ます」
「そういう影響があるのに、自己株式の取得が解禁された背景は、何だったのでしょう?」
「一般的には、持ち合い株の解消による株価の下落を防ぐ役割が大きかった、と説明されます。株式の持ち合いが不健全な日本的慣行だと非難されていた文脈がありますから、各企業が持ち合いの解消を進めていました。上場企業では自己株式の取得によって株価の維持や上昇を狙うケースもありますが、会計処理で重要なポイントは、取得額によって計上されることにあります」
「株式発行当初の金額である資本金よりも、自己株式のマイナスが大きくなることもあるわけですか?」
 小皿に並べていた串をまとめて串入れに入れながら、青山が少し身を乗り出した。
「その通り!その場合、表面的な自己資本比率の分析結果は悪く算出されます」
「極端なケースをあまり考えたことがありませんでしたが、それは何だか困った話ですね」
「資本金は出資を受けたときの金額で、自己株式は取得時の価格と乖離しています。なので、自己株式がある会社では自己資本比率を杓子定規に見てはいけません。それに、純資産に計上される自己株式勘定でわかるのは取得総額だけで、何株買い取ったのかも、議決権の割合の変化もわかりません」
「上場企業ならいずれ自己株を市場で売却することもあるでしょうが、中小企業が自己株式を取得するのはどんな事情があるんでしょうか?」身を乗り出したままの青山が質問を続けた。
「既存株主の一人が高齢などの理由で退きたいが、売却先が見つからず会社に買い取ってもらったとか、事業再編を前に株主の整理をしているなど、ケースバイケースです」一方の木下は淡々と答えた。
「なるほど。自己株取得の理由や背景が重要なのですね・・・。いやぁ、難しいなぁ」
「自己株式数については株主資本変動計算書の注記として記載が求められています。有価証券報告書でも必須事項として開示されていますが、決算書上でわかることには限界があります」
「自己株式を取得した後も、そのまま持ち続けるわけではないですよね?」
「大きく2パターンあって、消却するか、売却するかに分かれます」
「消却ということは、発行済株式総数も少なくなるということですよね?」
「そうです。会計上は、その他資本剰余金から減額するルールになっています。その他資本剰余金から引き切れない場合は、その他利益剰余金から減額します。議決権の変動によって株主間の力関係も変わることがあるので、その動向はフォローしておきたいところです」
「会計的には純資産科目内の仕訳になる、ということですね。売却の場合はどうなりますか?」
「取得時よりも売却額が高額になるなら自己株式処分差益が、少額になるなら自己株式処分差損が計上されますが、いずれも損益科目ではなく、その他資本剰余金に加減算するのがルールです。処分差損によってその他資本剰余金がゼロになってしまう場合は、消却と同じようにその他利益剰余金から減額します」
「そう考えると、自己株式は処分するか、次の株主の手に渡るかまでの仮の姿とも言えますね」
「確かに、仮勘定のような意味合いがありますね。ただ、長期間放置されるケースも中にはあるので、その場合は今後の方針や予定を捉えたいところです」
本日のレクチャーが終わりを迎えたところで、木下がしばし青山の顔を眺めてつぶやいた。
「ところで青山さん、また少し太りました?ダイエットの話を最近聞きませんけど・・・」
「大丈夫です。ご心配なく!今の私の姿は仮の姿で、来月にはかなりの自己脂肪を消却する方針です。まさに明日からジョギングを始めようと思っていたところです!」
(明日も雨予報だから、ムリだな・・・)と、木下は青山に対して厳しめの審査を下したのだった。

自己株式の会計ルール

木下が説明した自己株式の会計ルールは「自己株式及び準備金の額の減少等に関する会計基準」に定められています。まず、取得した自己株式は、取得原価をもって純資産の部の株主資本の末尾に自己株式として一括して控除する形式で表示します(同基準7、8)。また、処分(売却)した場合の差損益については、その他資本剰余金に計上、または減額することになります(同基準9、10)。消却する場合も、同様にその他資本剰余金から自己株式の帳簿価額分を減額します(同基準11)。なお、処分差損や消却額を計上した結果、その他資本剰余金が負の値となった場合は、その他資本剰余金をゼロとし、マイナス分をその他利益剰余金(繰越利益剰余金)から減額します(同基準12)。そのため、連続する2期の貸借対照表を確認することで、自己株式の増減は把握できますが、処分や消却といった動向自体は株主資本変動計算書を確認する必要があります。会計基準に加え、設例などの様々なパターンが記載された適用指針も公表されていますので、詳しく知りたい方はそちらも参照してください。

決算書からは把握できないポイント

決算書上の自己株式の簿価からは、どの既存株主から取得したものなのかや、株数、購入単価などは分かりません。また、その自己株式の今後の処理方法によっては、株主間の議決権割合が変動することも想定されます。他にも、事業再編を計画している場合においては、自己株式が企業買収のための手段にもなり得ることから、決算書のみでは判明しない定性情報を捉えることが重要になってきます。

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