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  • 流動比率の話 ~鵜呑み注意!~

2019.03.20

[企業審査人シリーズvol.181]

その日の夜、営業部の新人・谷田と経理課の木下は、野菜料理中心の小洒落たダイニング・バーにいた。若い女性に人気の店で、谷田がこの店を選んだ。人なつっこい谷田の誘いに、その前向きな雰囲気とキャラクターを気に入っている木下は快諾したのだった。
「谷田さん、大ベテランの八木田さんの集中OJTから卒業して、ひとり立ちして頑張っているそうですね」
「そうなんですが、卒業テストと称していろんな問題を出されて困りました。マナーのテストでは満点をいただいたんですが、財務分析のほうはうまく解答できないものがあって・・・」
「ほう、どんなところでつまずいたんですか」と言いながらワイングラスを傾けた木下の目が、キラリと光った。
「『流動比率のウィークポイントを答えよ』という出題がありまして・・・。流動比率って、高ければ安全性が高いと、単純に思っていたので、ウィークポイントと言われてピンときませんでした」
「なるほど。流動比率は流動負債に対してどれだけの流動資産を保有しているのか、というわかりやすい指標ですが、ちょっとざっくりしすぎている分析比率ですので、慎重に見ていく必要があるんですよ」
「ざっくりしすぎている・・・?具体的にどういうことでしょうか?」
「まず、資産と負債の流動区分のルールはご存じですか?」
「はい。1年以内に現金化できるもの、または、1年以内に支払う義務があるもの・・・が流動資産や流動負債ですよね?」と言う谷田の前には、ダイニング・バーでも居酒屋と変わらず、ビールが置かれている。
「その通り。それが『ワンイヤールール』です。ただもう一つ、『正常営業循環基準』というルールがあります」
「聞いたことがあるような気がしますが・・・、スミマセン。忘れてしまいました」
「簡単に説明すると、営業取引から生じた正常な勘定科目は流動区分に計上する、というルールです。例えばどんな勘定科目が該当するか、イメージできますか?」
「営業取引ということは、売掛金や買掛金ですね」
「正解!加えて、販売する商品や製品、それらを製造するための材料などの棚卸資産もこれに該当します」
「確かに、固定資産に棚卸資産が載っているのは見たことがありません。でも、棚卸資産や売掛金は1、2カ月のうちに販売したり決済されたりするのが普通ですよね?」
「手形だと長くて6カ月というのもありますが、1年を超えると回収不能になっている可能性も考えられます」
「長期未回収の営業債権は、流動資産ではなくなるんですよね?」
「会計ルール上は、貸倒懸念債権や破産更生債権として、投資その他の資産、つまり固定資産の区分に振り替える必要があります。ただ、見た目を気にして流動資産に計上したまま、というケースもあるんですよ」
「えっ?それって“粉飾”になっちゃうんじゃないですか?」
 谷田が少々憤慨した顔をしてビールを飲むので、木下は眩しいものを見るような顔をして答えた。
「まあ、それに近い行為と考えて良いでしょう。程度にもよりますが、こういう場合には、当然ながら流動比率や自己資本比率を鵜呑みにするのは危険なのです」
「営業債権や棚卸資産が水増しされていることになるので、流動と固定の区分ルールが機能せず、結果として流動比率が信頼できない、というわけですね」
「他にも、気をつけなければいけないポイントがあります。同じく粉飾まがいの話ですが、たまに流動資産の科目で、よく分からない科目を目にしたことはありませんか?」
「そうですねぇ・・・たまに、短期貸付金が結構な金額で計上されていて、疑問に思ったことはあります」
「なかなか目の付け所が良いですね。確かにグループ企業の間で資金を融通し合っていることがあります」
「あっ、思い出しました、それはキャッシュ・マネジメント・システム!略してCMS、というやつですね」
「さすが八木田さんの後輩、カタカナに強いですね。もちろん貸付金自体が悪いわけではありませんが、長期にわたり未回収のものが流動資産に残っていることがあるので、チェックは必要です。事業に失敗した子会社への貸付が処理されずに残っている、といったケースですね」
「それも、見た目を気にして資産価値が無いものを計上しているわけですね」
「そうです。短期貸付金以外にも、本来は決算整理で然るべき科目に分類しなければならない仮払金など、科目として正体がわからないものもが多額に残っているケースは要注意です。こういう場合は、他の指標とセットで見ると、異常に気づけることがあります。棚卸資産や売掛金の水増しであれば、棚卸資産回転期間や売上債権回転期間の異常値として気づける可能性があります」
「財務分析比率を眺めているだけでは、怪しいものを見落としてしまう可能性があるわけですね」
「わかってきたようですね。決算書分析は“これをやっておけば絶対大丈夫”という定説は存在しないと思っています。広く見て、着目すべきポイントを見落とさないようにするためには、できるだけたくさんの決算書を分析して、経験を積む必要があるでしょう」
「そうですね!なるほど、八木田先輩もそういう経験をたくさんされて、出題に至ったのでしょうね」
「先日、八木田さんから感謝の言葉をいただきました。『財務分析が私のストロングポイントだと、お客さまからうれしい誤解をもらった』と。疑問をそのままにしない八木田さんの姿勢があるからこその評価です」
「私も燃えてきました!今、減量では審査課の青山先輩と、財務の勉強では石崎先輩と競っています。私も負けないように頑張ります」
そう言いながら大盛のサラダを鵜のようにほおばり、黒烏龍茶で流し込む谷田の行動に、木下は青山に感じるものと同じものを感じながらも、谷田に対しては温かく見守ってしまうのであった。

ワンイヤールールと営業正常循環基準

貸借対照表における資産・負債は、流動・固定いずれかの区分に分類されます。まず、「ワンイヤールール」は貸借対照表日の翌日から起算して、1年以内に回収又は決済されるか否かで流動・固定に区分するルールです。これに加え、営業活動(棚卸資産の購入、売上債権化から債権回収)に関わりの深い科目も流動区分とする「営業正常循環基準」というルールがあります。「流動比率」は、流動資産と流動負債の割合を見るものですが、流動・固定の区分ルールを逸脱した決算書においては、信頼できる値ではなくなってしまいます。(関連した過去のコラム 『114:「甘辛」の目利き~貸倒引当金と貸倒懸念債権、破産更生債権等』)

正体不明の資産科目

流動比率の例に限らず、決算書に表示されている勘定科目のみでは具体的な内容や資産価値が判断できないことも少なくありません。例えば、仮払金の中身や、短期貸付金の債権者や貸倒リスクの程度などです。財務分析比率のみではなく、キャッシュフローの状況や定性情報を収集しながら、企業の実態を把握することが肝要です。

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