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  • 経済の再開と企業審査 ~緊急事態宣言解除後の審査課の1日~

2020.07.08

[企業審査人シリーズvol.219]

ウッドワーク社の審査課はその日、青山と秋庭が出社することになっていた。緊急事態宣言解除後、審査課は1人ずつの輪番出社から週2日出社へと移行した。出社率としては20%から40%に引き上げられたことになる。1人あたりで見ると週5日のうちの2日、職場で見ると5人の審査課は毎日2人が出社することになる。緊急事態宣言解除前に決めていたこととはいえ、いざ宣言解除となると、審査課の出社率は世の中に比べ低いように感じる。青山は前日の在宅勤務中、それを課長の中谷に漏らしたが、中谷のこたえは明快だった。
「この1カ月で、在宅でもある程度仕事ができることがわかったから、これでいいのよ。コロナウイルスのワクチンが開発されても、週1~2日は在宅勤務でいいんじゃないかと思ってるわ」
「それは僕もうれしいです。出社時に連絡や折衝、在宅時にデスクワークを寄せることで十分やれます」
「うちの職場だけを考えているわけじゃないのよ。会社としても出社率を上げざるを得ない部門があるから、出社率を抑えることができる部門が抑えることで全社的なバランスをとれるわけだし。世の中的にも、みんなが一斉に元に戻したら”3密回避”なんてできなくなっちゃうし」
「そうですよね!出社率を抑えることは社会貢献でもありますよね」
そう言いながら、青山は若干のうしろめたさを感じている自分を感じた。在宅勤務とはいえ就業時間中はしっかり仕事をしていると自負しているが、通勤時間がないことやちょっとした家事に融通がきくといった個人的なメリットを社会貢献という言葉に重ねることに、やや気恥ずかしさを感じたのだ。先日アシスタントの千葉がSNSで、「割り切って自宅待機とはいえ、お給料をもらってこんなのでいいのかしら、と思っちゃいます」と言っていたのを思い出した。在宅勤務と自宅待機はまた違うが、「公」の領域と「私」の領域が今までにない形でまじわる生活を余儀なくされている。慣れてきたとはいえ、さまざまな局面で戸惑いがあぶくのように浮かんでくるのだ。
そんな話をした翌日に青山が職場に到着すると、向かいの席の秋庭がはさみを手にして何かを作っている。
「秋庭さん、おはようございます。朝から何を作ってるんですか?」
「古いクリアファイルを使って、飛沫感染防止の壁を作ろうかと思ってさ・・・」
「秋庭さん、やめましょうよ。とりあえずお互いマスクしているから、それで十分じゃないですか?」
「だって、テレビを見てると学校の席を離したり、透明シートを付けたり、いろいろやってるだろ。職場も今までといっしょじゃまずいんじゃないかって、思わないか?」
「いや、思わなくはないですけど、古いクリアファイルで壁作っても、あんまりきれいじゃないし、飛沫が付いたと思ってそれを掃除するのもいやですし・・・サイズ的にはフェイスシールドの方が簡単にできそうですし」
「そうか、いいアイデアだと思ったんだけどな。確かに、掃除するのも面倒だから、やめておくか」
「気になるようでしたら、中谷さんと相談しましょうよ。僕は今朝の電車の混み具合で、ソーシャル・ディスタンスの困難さにうちひしがれましたよ」
「確かに。緊急事態宣言が解除されてから、以前の混雑が戻ってきたね」
ふたりは小さなため息をついて、その日の仕事を始めたのだった。
「重要マーク先の質問票について、順調に返ってきているな。もう30件ほどメールが」
出社後の1時間半ほど、ふたりは黙々と業務をこなしていたが、その日急ぎで片付けなければならない業務が片付いた様子の秋庭が、パソコン画面を見ながら青山に声をかけた。
「さっそく営業が動いてくれているんですね。ありがたいです」
先週の課会で、定期審査を延期する代わりに、その間の与信が心配な先について個別に状況を確認することに決めた。そのためのヒアリングシートは課長の中谷の指示で青山が作成し、営業担当者にメールで個別に展開、結果を審査課窓口にメールで返信してもらうことにした。ヒアリングシートには新型コロナウイルス感染拡大の影響の有無、直近3カ月の月商推移、今後予想される影響の見立てと資金調達計画を、アンケート形でまとめている。ヒアリング先は秋庭の顧客分析に基づいて当初30数社に絞られたが、その後、管理のキャパシティと過去の取引実績を加味して100社に拡大された。ウッドワーク社の得意先はスポットも含めて2,000社あるが、この100社で売上高の40%を占めている。大口得意先のうち上場企業は調査会社の評点が55点以上のものを除いているので、こうした比率になる。
「昨日在宅で自分が担当している得意先のシートをいくつか見てみたけど、そのうちの1社は飲食店の内装をメインでやっているのに先月の受注が増加しているので、営業担当に電話で確認したよ」
「理由が書いてなかったからね。聞いてみたら、主力得意先の飲食チェーンが、コロナ後を見越して店舗スペースの拡張をしているとかで、受注が増えているらしい。テーブルの間隔を空けると客数が減るからね。低利の借入を活用しての投資としては的を射たものだと思うが、この時期の投資は賭けの側面もあるね」
「なるほど、そういうことでしたか。そのあたりも書いてくれればいいのですけどね」
「まあ、営業担当もどうしても人によって濃淡があるからね。書いてくれる人が増えてはいるけど」
「ヒアリング項目をもう少し増やせばよかったですかね」と、改善志向が強い青山が頭を掻いた。
「いや、あまり多くても負担感が強くなるし、電話で確認が必要なものは多くないから大丈夫だよ。今回電話したのも、飲食店関係での売上増加というのに違和感を持ったから確認したのであって、報告内容に違和感を持ってちゃんと確認していくことが大事だから、そのベースとなるシートとしては十分だよ」
「そうですね。何を運用するにしても、書いて終わり、見て終わり、じゃだめですからね」
「営業担当者も聞きづらい先もあるだろうけど、自分が心配している先もあるだろうから、管理部門から言われて聞きます、と言えば聞きやすいしね。いいシートだと思うよ。さて、そろそろ昼にするよ」
「あれ、秋庭さんが外食って珍しいですね」
「さっき言った工務店の顧客のチェーンの飲食店がちょっと先にあるんだよ。どんなものだか見に行こうかと思ってね。微力ながら買い支えて、不良債権を防がないと」
「そういうことなら僕も協力しますよ!」
秋庭に続いて青山も立ち上がり、ふたりは珍しく一緒に外に出た。これもシフト勤務の効用である。

経済の再開と企業審査

前回のリモート審査課会の後の審査課の1日を紹介しました。緊急事態宣言が解除され、人も企業も活動を再開しつつあります。ウッドワーク社では定期審査延期の代替としての重点マーク先に対する影響調査を始めました。コロナの影響は広汎にわたると報じられていますが、審査者はその具体的な内容を確認していく必要がありそうです。平時の与信管理でも、予期しない得意先の倒産に見舞われたとき、あとで思い返すと「なぜ業界環境が悪い中であの会社だけが伸びていたのか」がわからなかった、ということがあります。希有な経済環境ですが、今こそ業界と企業の動きに対する審査人の目利きが試されていると言えます。

新型コロナウイルス関連支援情報

新型コロナウイルス感染症に関連する融資や補助金、協力金などの支援制度に関する情報を都道府県別にまとめました。
https://www.tdb.co.jp/corp/corp09_covidrelatedinfo.html

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